孤独な公女~私は死んだことにしてください

 サフィニアがメイド長に連れられてやってきたのは、教会の正面で停車している馬車の前だった。
御者台には鷲鼻で目つきの鋭い男が乗っている。

「待たせたわね。ゲイル」

するとゲイルと呼ばれた御者がサフィニアを見おろした。その目つきがあまりに怖く、サフィニアの肩が小さく跳ねる。

「ハンナ、その子がサフィニアか? フン。随分とチビだな、しかも貧相な身なりだ」

するとメイド長――ハンナがゲイルを窘めた。

「ちょっと、ゲイル。仮にもこの子は公爵様の実子なんだよ。滅多なことを言うもんじゃないわよ。告げ口でもされたらどうするのさ」

「フン、構うものか。そのガキの母親は下級メイドだったんだぞ? それを考えると、御者である俺やメイド長のお前の方が立場が上だとは思わないか? 何しろ母親は旦那様に捨てられたも同然だからな」

「まぁ、言われて見れば確かにそうよね」

あろうことか、ゲイルとハンナは母親を亡くしたばかりのサフィニアの前でローズの悪口を言い始めたのだ。
当然の如く、まだ幼いサフィニアの心は酷く傷つけられ……目に涙が浮かぶ。

声をあげて泣きたい気持ちを、サフィニアは必死に耐えていた。

(泣いちゃ駄目……! 泣いたらママが心配して神様の所へ行けなくなっちゃう……)

サフィニアは先ほどの神父の言葉を信じ、大人たちが心無い言葉で自分を傷つけてくる状況を必死に耐えた。

「ん? このガキ、今にも泣きそうになっているぞ?」

ゲイルがサフィニアの様子に気付いた。

「あんたが妙なことを言ったからでしょう。それよりも早く屋敷に連れ帰らないと旦那様から叱責されてしまうわ。ほら、さっさと乗りなさい」

ハンナは扉を開けると、ぞんざいな態度でサフィニアに命ずる。

「うん」

サフィニアが馬車に乗り込むと、次にハンナが乗り込んで扉を閉めたところで馬車はガラガラと音を立てて走り始めた。

「さて、サフィニア様?」

ハンナがサフィニアに話しかける。

「な、何……?」

「いいですか? 先程私達が交わしていた話の内容……絶対に誰にも話してはいけませんよ? もし話したりしたら……屋敷に居られなくなりますよ。いいですね?」

「う、うん……」

強い口調で睨みつけてくるハンナに、サフィニアは震えながら頷いた。

「うん、ではありません。返事は、はいです。言ってごらんなさい」

「はい……」

今にも消え入りそうな声で返事をする。

(この人、怖い……。馬車を走らせているおじさんも怖いし……だ、だけど神父様の言いつけを守らなくちゃ。そうすれば素晴らしい道が開けるって言ってたもの……)

ハンナが怖くて、サフィニアはぬいぐるみを抱きしめた。
サフィニアは葬儀の時からずっと、ウサギのぬいぐるみを携えていたのだ。それはローズが作った手作りのぬいぐるみで、少女の宝物だったのだ。
するとハンナは顔をしかめて、ぬいぐるみを指さした。

「何ですか? その汚らしいぬいぐるみは。まさか、公爵邸に持っていくつもりじゃないでしょうね?」

「だって、このぬいぐるみ……ママが作ってくれた宝物だから……」

母親のことを思い出し、再びサフィニアの目に涙が溜まる。

「あぁもう! さっきからメソメソ泣いてばかりで辛気臭いですねぇ。いいですか? いくら泣いたって死んだ人は戻ってはこないのです。いい加減に泣くのはおよしなさい。卑しい下級メイドの娘のくせに、公爵邸で暮らせる許可を貰えたのですよ? 泣くのはおよしなさい! それにそんな汚らしいぬいぐるみを持ち込むなんて、公爵邸の品位が下がります。メイド長の私が許しませんよ。寄こしなさい! 焼却炉で燃やしてあげましょう」

ハンナは手を伸ばして、ぬいぐるみを奪おうとした。

「や! これだけは駄目っ!」

サフィニアはぬいぐるみを抱きかかえて、身を縮こませた。

「な、なんて生意気な子供なの……? いいから寄こしなさい!」

「いや! 私の宝物を取らないで!」

「私の言うことを聞きなさい! 寄こせっ!」

ハンナはサフィニアの小さな肩を掴んだ時。

「これは一体何の騒ぎだ!」

突然馬車の扉が開かれ、初老の男性が姿を現した――