孤独な公女~私は死んだことにしてください

 セザールが連れて来られたのは、鶏小屋がある裏庭だった。

「こんなところでサフィニアを見かけたのかい? こっちには鶏小屋しか無いじゃないか。妙だとは思わなかったのかい?」

自分の前を歩くドリューにセザールは質問した。

「そ、そうよね。私もおかしいと思ったのよ。何で小さな子供がこっちへ来ているのかなってね」

「だったら、声をかけてあげれば良かっただろう? こっちは鶏小屋しか無いって。どうして教えてあげなかったんだい?」

ドリューが嘘をついていることを見抜き、追い詰めるセザール。

「えぇとそれは……」

(どうしよう……何て言い訳すればいいのよ。それよりも、あのチビが私に鶏小屋を掃除させられてるってセザールに告げ口されたら……嫌われてしまう……!)

どうすれば、今の状況を打破できるかドリューは必死に考えていた。

「ドリュー。僕の質問聞いているのかい?」

自分の質問に答えないドリューに、再度セザールが尋ねた時……。

「キャアアアアー! こっち、来ないで!」

辺り一面に叫び声が響き渡り、メイド達の肩がビクリと跳ねる。

「あの叫び声は……! サフィニア様!」

いち早く叫び声に反応したセザールは鶏小屋目指して駆け出した。
その後を青い顔で追いかけるメイド達。

「サフィニア様!」

サフィニアの名前を叫びながらセザールは鶏小屋までやって来ると、驚きで目を見開いた。
何とサフィニアが鶏小屋の中で、鶏たちに襲われていたのだ。
鶏たちは威嚇の声をあげながら羽をはばたかせてサフィニアを追いかけまわしている。

「やだ! こっち来ないで! キャアッ!」

箒を振り回しながら、恐怖で叫んでいるサフィニア。

「サフィニア様っ! 今、助けます!」

セザールは小屋を開けると、鶏に襲われているサフィニアに駆け寄った。

「あ! セザール!」

恐怖で目に涙を浮かべているサフィニアを抱き上げたセザールは急いで扉を目指して駆け出した。その後を鶏たちが追いかけ、メイド達が悲鳴を上げる。

「危ない!」
「セザール!」
「早く早く!」
「追いつかれちゃう!」

セザールは鶏小屋から走り出ると、叫んだ。

「早く扉を閉めて!」

「わ、分かったわ!」
「あっちへ行って!」
「こっち来ないでよ!」

メイド達はキャアキャア騒ぎながらも何とか扉を閉めることが出来た。

ガシャーンッ!

金網が閉じられると、怒った鶏たちが鳴きながら羽をバタつかせている。

「サフィニア様、大丈夫でしたか?」

セザールは抱き上げているサフィニアに訊ねた。

「セザール……怖かったよぉ……」

顔を上げたサフィニアを見て全員、息を飲んだ。サフィニアの髪はぼさぼさで、服も身体も汚れている。さらに鶏に突かれたのだろうか、頬や掌に傷が出来て血が滲んでいた。目には涙が浮かび、今にもこぼれ落ちそうだった。

「サフィニア様……お可哀そうに……こんな酷い姿になるなんて……」

セザールは歯を食いしばった。

「そ、そんな……!」

事の重大さを始めて認識したのか、ドリューが震え声を出す。

「ドリュー……君って人は……!」

セザールは怒りを込めた目でドリューを睨みつけたが……。

「い、痛いよぉ……」

痛みを訴えるサフィニアの声でハッと我に返った。

「サフィニア様、大丈夫ですか? すぐに医務室へ行って手当してもらいましょう!」

セザールはサフィニアをしっかり抱き上げ、4人のメイド達を見渡した。

「一体どういうつもりか知らないが……このことは報告させてもらうからな」

それだけ告げると、セザールはサフィニアを抱えたまま走り去って行った。


4人はその後姿を少しの間見つめていたが……。

「ちょっと! ドリュー! 何てことしてくれたのよ!」
「あんたのせいでセザールを怒らせちゃったでしょ!」
「もう私達、終わりよ……どうすればいいのよ!」

3人は激しくドリューを詰り始めた。

「わ、私だってあんなことになるとは思わなかったのよ! 大体あんた達だって止めなかったじゃない! 私1人に責任を押し付けないでよ!」

「何ですって!!」
「はぁ!?」
「ふざけないでよ!」

4人は激しく口論しながら、思った。

セザールが気にかける、あの少女は一体何者なのだろう……と——