孤独な公女~私は死んだことにしてください

 303号室に向かっていたセザールは、扉が空いている部屋に気付いた。

(あれ? あの部屋の扉……もしかしてサフィニア様の部屋かもしれない。だけど何故扉が開いているのだろう?)

訝しく思いながらも近付くと、やはりそこはサフィニアの部屋だった。そこで開いたままの扉から部屋の中を覗き込んだセザールは首を傾げた。部屋の中にサフィニアの姿が無かったからだ。

「いない……? 一体何処へ行ったのだろう? 部屋の扉は開いたままだし……? もしかして、まだ食堂にいるのだろうか?」

そこでセザールは食堂に向かうために部屋を出ると、食事を終えたメイド達がぞろぞろと廊下を歩いている所に出くわした。
その中にはサフィニアを怪我させたドリューの姿もある。

「あ! セザールだわ!」

いち早くドリューはセザールの姿を見つけて、顔を赤らめる。
ドリューはセザールと同じ年齢で、以前から彼に好意を寄せていたのだ。

「ねぇ、あそこにいるのセザールよね」
「女子寮に来るなんて初めてだわ」
「まさか、こんなところで会えるなんて……」

仲間のメイド達もセザールを見て嬉しそうにはしゃいでいる。それほど彼はメイド達の間で人気がある少年だったのだ。

「いい? あんた達はセザールと挨拶だけするのよ。分かった?」

少女たちをけん制するドリュー。この中に年上のドリューに逆らえるメイドはいない。

「は、はい……」

赤毛のメイドが返事をするとドリューは満足そうに頷き、早速こちらへ向かって歩いて来るセザールに声をかけた。

「おはよう、セザール」

「おはよう、ドリュー。それに皆も」

人当たりの良いセザールは笑顔で返事をする。

「セザールが女子寮に来るなんて初めてよね? 一体何しに来たの? ひょっとしてポルトス様のお使いか何か?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

その時、ふとセザールは思った。

(そうだ、彼女達ならサフィニア様のことを何か知っているかもしれない)

「ねぇ君たち。サフィニアって子を知らない? 昨日入って来たばかりの新人メイドで、まだ6歳なんだけど」

セザールの質問にドリューは驚きで、一瞬表情がこわばる。背後でセザールの話を聞くメイド達は息を飲んだ。
その様子をセザールが見逃すはず無かった。

「サフィニア……? さ、さぁ……私たちはそんな子見ていないわ。そうよね?
みんな」

サフィニアに酷いことをした責任を1人で取るのがイヤだったドリューは仲間のメイド達に同意を求める。

「う、うん」
「見てないわ」
「知らない」

3人は憧れのセザールに嘘をついていることに罪悪感を抱きながら返事をする。

「……本当に? 絶対に知らないんだね?」

セザールは4人が嘘をついていることを見抜いていた。

「だ、だから知らないって言ってるじゃない!」

ドリューが語気を強める。

「そうか、分かったよ。引き留めて悪かったね。それじゃ僕は引き続きサフィニアを捜すことにするよ。そうじゃないと、ポルトス様から叱られてしまうからね。絶対見つけないと、この屋敷から出て行くように言われているんだ」

4人の口を割らせる為に手段を変えることにしたセザールは、あえて嘘の話をした。

「え? 出ていくように言われたの?」
「そんな……」
「セザールがいなくなるなんて……」

ドリュー以外のメイド達はヒソヒソと話し合っている。

「……そ、そう言えば思い出したわ。とっても小さな女の子を見かけたわ! もしかしてあの子がサフィニアって子かもしれない!」

セザールにいなくなって欲しくないドリューは、慌てて言い直した。

「本当かい? それじゃどこで見たのか、連れて行ってくれるかな?」

「え? そ、それ……は……」

冷や汗をかくドリュー。

「いいよね? 君たちだけがサフィニアを捜す頼りなんだよ」

セザールはニコリと笑みを浮かべた——