孤独な公女~私は死んだことにしてください

ゴーン
ゴーン
ゴーン……

どんより曇る空の下、ローズの棺が墓地に埋められていく。

「ウッウッ……ママ……ママ……」

喪服を着たサフィニアの鳴き声が辺りに響き、神父の祈りの言葉が聞こえている。

ローズの葬儀に参列するのはサフィニアただ1人だけだった。

「ママ……ママ……」

しゃくりあげながら泣く、可哀想な少女に寄り添う者など誰もいない。
祈りを捧げながら神父はサフィニアの様子を伺った。

(なんと気の毒なことだ……まだこの子は6歳。親の庇護が必要な年齢なのに……誰も葬儀にすら出席しないとは)

神父はサフィニアが哀れでならなかった。

葬儀を執り行うように知らせが入ったのは昨日のことで、伝えに来たのはフットマンだった。
そこで神父はフットマンの案内で屋敷へ行ってみると、小さな少女がベッドで横たわる女性に泣いて縋りついている姿だったのだ。

神父は馬車の中で状況を既に聞かされていた。


****

——3日前

手紙を握りしめたサフィニアが泣きながら屋敷に現れた。出迎えたフットマンが手紙を読んで見ると、それはローズからだった。
もう自分は長くは生きられないので、サフィニアのことをお願いしたいと短く書かれていた。

ローズとエストマン公爵の話は有名で使用人は全員、2人の関係を知っていた。
そこで執事とメイド長が医者を連れて離宮へ行ってみると、既にローズは息を引き取っていたのだった——

****

(それにしてもエストマン公爵は惨い方だ。まだ17歳の少女に狼藉を働き、妊娠させたのに、母娘を離宮に追いやるとは……。ローズは1人で出産し、産後無理して家事育児をして身体を壊したと聞いている。何故誰もこの母娘に手を差し伸べなかったのだろう……この様子では、少女は満足な教育も受けてはいないのだろうな……)

サフィニアは墓守たちによって埋められる棺を見ながら、しゃくりあげるように泣いていた。

「ママ……ママァ……ウッウッウッ……」

その泣き方はあまりに哀れで、これ以上神父は見ていられなくなってしまった。

「サフィニア。あまり泣いていてはお母さんはサフィニアのことが心配で、神様の元へ行くことが出来ないよ。強く……ならないと」

神父はこの先、サフィニアには茨の道が待ち受けていることを悟っていた。

「つ、強く……?」

涙で濡れた顔を上げるサフィニア。

「そう、強くだ。ただし、ただ強いだけでは駄目だ。人に優しく……時には自分を犠牲にしてでも、良い行いをする。そうすればきっとサフィニアの前に素晴らしい道が開けることだろう」

「そうしたら……ママは安心出来るの……?」

「勿論だよ」

「うん……ママの為に頑張る……」

緑色の瞳に涙をためて、コクリと頷くサフィニア。

そのとき。

「サフィニア様」

背後で名を呼ばれ、サフィニアと神父が振り返ると年配のメイドが立っていた。

「誰?」

ゴシゴシ目をこすりながらサフィニアが首を傾げる。

「私は、エストマン公爵家のメイド長です。旦那様の命により、サフィニア様の迎えに参りました」

「旦那様って?」

サフィニアの質問にメイド長は小さく舌打ちした。

「チッ! そんなことも分からないのですか? 旦那様とは、サフィニア様のお父様のことです」

「え!? 私のパパ?」

「はい、そうです。これからサフィニア様は本宅で暮らすことになります。では参りましょう」

「いやっ!」

しかし、サフィニアは首を振る。

「何がイヤなのですか?」

イライラした口調でメイドは尋ねた。

「だって、ママとまだお別れできていないんだもの……」

サフィニアはボロボロ泣きながら訴えた。

「もう、葬儀は終わったのです! そうですよね? 神父様」

「いえ、まだです。見ての通りまだ棺を土に埋めている最中ですので」

「なっ……それまで私に待てと言うのですか!? 私は仕事が山積みなのですよ! 今だって忙しい中、わざわざ迎えに来たのですから。私を困らせるつもりですか?」

メイド長は苛立ちを神父にぶつけてきた。すると……。

「ごめんなさい……ママとのお別れ、終わったから……パパの所へ行く」

目に涙を浮かべながらサフィニアは返事をした。

「サフィニア……!」

驚く神父にサフィニアは振り返った。

「人を困らせちゃ駄目なんだよね?」

「! そ、それは……」

思わず神父は言葉に詰まってしまったが、メイド長は機嫌が良くなる。

「ええ、そうです。聞き分けの良い子は好かれますよ。では、参りましょう」

メイド長は踵を返すと、さっさと歩き始めた。そしてその後ろを追いかけるサフィニア。

「サフィニア! 困ったことがあったら、いつでもおいで!」

神父はサフィニアの背中に呼び掛け、手を振って見送った—―