孤独な公女~私は死んだことにしてください

 空がオレンジ色に染まりかける頃。

ゴーン
ゴーン
ゴーン……

大きな鐘の音がエストマン公爵邸に響き渡った。

「え? 何? この音……」

箒で庭仕事をしていたサフィニアは驚いて空を見上げると、セザールが笑った。

「これは夕方の6時を告げる鐘の音ですよ。この時間になったら、朝から働く僕たちは今日の仕事はこれで終わりということです。夕食を食べた後は自由時間になり、夕方から朝まで働く使用人達と仕事を交代するのです」

「そうなんだ……夜にお仕事する人たちもいるんだね。眠くなったりしないのかな……私に出来るかな?」

首を傾げるサフィニアにセザールは説明した。

「大丈夫です。夜から働く使用人達は、僕たちが働いている時間に眠っていますから。それにサフィニア様は夜間に働くことは絶対にありませんので、安心して下さい」

「え? そうなの?」

「はい、そうです。サフィニア様はまだ6歳、子供が夜に働くことはありませんから」

「それじゃ、セザールも?」

「ええ、僕もそうです。それではサフィニア様、一緒に掃除用具を片付けに行きましょう」

「うん!」

箒を手にしたサフィニアは大きな声で頷いた——


****


「それでは箒を返してくるので、サフィニア様はここで待っていてください」

箒を片付ける為に巨大倉庫へ戻ってくるとセザールはサフィニアに声をかけて、中へと入って行った。

「ふ~疲れた……」

サフィニアは倉庫の前に座り、壁に寄り掛かると急激に眠気に襲われていく。

(眠いな……でも、起きて待っていなくちゃ)

目をゴシゴシこすって何とか目を開けようとしても、サフィニアはまだ6歳。
睡魔には勝てるはずも無く……そのまま眠りに就いてしまった——



****


 サフィニアは夢を見ていた。
それは今よりも小さくて、まだ母親のローズが元気な頃の夢だった。

離宮に母親と2人で暮らし、友達がいなかったサフィニアの唯一の友達はローズが作ったクマのぬいぐるみだった。

今日もサフィニアはぬいぐるみを相手に部屋でおままごと遊びをしていた。

『はい、クマちゃん、お花だよ』

裏庭に生えていた野花をぬいぐるみの頭にそっと乗せる。

『うわぁ~とっても可愛い』

パチパチと手を叩くサフィニア。すると美味しそうな匂いが漂い、母のローズが現れた。

『私の可愛いお姫様、食事が出来たわよ。今日はデザートもあるのよ』

『わーい、嬉しいな。ママ、大好き』

サフィニアは、ローズに抱きつく。

『私もサフィニアが大好きよ』

そして、ローズは笑顔でサフィニアの頭を撫でて……。


****


「ママ……」

サフィニアは自分の声で目が覚めた。

「え…‥? ここは……?」

見慣れない天井に気付いて、ゴシゴシ目をこすった時。

「サフィニア様、目が覚めたんですね?」

不意に声が聞こえて起き上がると、傍らで見つめているセザールと目が合った。

「セザール……?」

「はい、そうです。余程眠かったのですね? 倉庫から出てくると、サフィニア様は眠っておられました。その事は覚えていますか?」

「うん、覚えてる。セザールを待っていたら、眠くなってきちゃって……それでそのまま寝ちゃったんだね。ここはどこなの?」

サフィニアは辺りを見渡した。
室内は広く、ベッドやテーブルセット、本棚などが並べられている。天井からはシャンデリアが吊るされ、明るく照らし出されている。

「ここは、僕と祖父の暮らす部屋です。サフィニア様が眠ってしまったので、僕がこの部屋へお連れしました」

「え? そうだったの?」

そこでサフィニアは自分がソファの上で寝かされていたことに気付いた。

その時。

カチャリと扉が開き、ポルトスが部屋に現れた。そしてサフィニアを見ると、目を見開く。

「サフィニア様、目が覚めたのですね?」

ポルトスは傍に来ると、話しかけてきた。

「はい、ポルトスさん」

「良かったです。では、我々と一緒に食事をしませんか? 私とセザールはいつもここで食事をしておりますので」

ポルトスは笑顔をサフィニアに向けた——