孤独な公女~私は死んだことにしてください

「サフィニア様、こちらです」

セザールは屋敷の裏手にある、白い大きな建物へ連れてきた。

「これ……家なの?」

建物を見上げて尋ねるサフィニア。

「いえ、これは倉庫です。庭仕事に使う全ての道具が揃っています。農作業用の道具や、掃除の用具もあります。今から掃除用具を取ってくるので、サフィに様はここで待っていてください。中は少し薄暗くて、床に色々な物が置いてあるので危ないですから」

「うん、分かった。ここで待ってるね」

コクリと頷くサフィニアにセザールは笑顔を向けると、木戸を開けて倉庫の中へと入っていく。その様子を見届けると、サフィニアは空を見上げた。
空は今にも泣きだしそうな曇り空だった。

「……ママ」

1人になると、途端にローズのことが思いだされてサフィニアの目頭が熱くなってくる。

(泣いちゃ駄目! ママが神様の元に行けないもん)

目をゴシゴシこすっていたその時。

「誰だ? このチビ」
「どこから入り込んできたんだ?」

乱暴な声が聞こえ、サフィニアは顔を上げた。すると、セザールとほぼ同年代とみられる2人の少年がサフィニアを見おろしていた。

「……お兄ちゃんたち、だあれ?」

サフィニアが尋ねると、1人の少年が噴き出した。

「プッ! おい、聞いたか? お兄ちゃんたち、だあれだってよ」

「おい、このチビ。よく見るとメイドの恰好していないか?」

「本当だ。チビだから気付かなかったぜ」

2人はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべている。

「おい、チビ。お前、何て名前だ?」

1人が尋ねてきた。

「サ、サフィニア……」

サフィニアは震えながら返事をすると、2人はサフィニアをそっちのけで会話を始めた。

「へぇ。これはまた随分大層な名前だな。チビのくせに」

「あぁ、まるで貴族みたいな名前だ」

「何言ってるんだよ。もし貴族なら、こんなチビがメイドの恰好しているはずないじゃないかよ。しかもサイズだって合ってないじゃないか」

「確かにな」

ハハハハと笑いあう2人。
実は彼らは親に売られた下働きの少年たちで、普段から素行が悪いことから野良作業や洗濯など、きつい仕事ばかりあてがわれていた。
しかし、それでも2人は他の使用人達の目を盗んで仕事をサボっていたのだ。

(いやだ……この人達、怖い……セザールお兄ちゃんはまだなの……?)

怖くてガタガタ震えていると、1人の少年が気付いた。

「ん? おい、このチビ。震えてるぜ」

「へぇ、俺達が怖いのかよ? ん? そうだ、いいこと思いついた。このチビに俺たちの洗濯の仕事をやらせようぜ」

彼らはとんでもないことを言い出した。

「お? それがいいな。もうこれ以上、あんなきつい洗濯の仕事なんてやってられないもんな。おい、チビ。ちょっとこっち来いよ」

1人の少年がサフィニアの右腕を握りしめてきた。

「え!? ヤ、ヤダッ!」

怖くて叫んだ時――

「お前たち! 一体何をやってるんだよ!」

背後から鋭い声が聞こえ、涙目になったサフィニアは振り返った。すると掃除用具を手にしたセザールが少年たちを睨みつけていた。

「ゲッ!」
「セザール……」

2人の少年はセザールを見て、明らかに狼狽している。

「お前たち、仕事はどうしたんだ? その子の手を放せ!」

サフィニアの腕を握りしめている少年をセザールは睨みつけた。すると少年は慌てて手を離すと、サフィニアは涙を浮かべてセザールに駆け寄った。

「セザールッ!」

「サフィニア。大丈夫だったか?」

セザールは駆け寄ってきたサフィニアの頭を撫で、次に2人を睨みつけた。

「こんなに怖がらせて……一体サフィニアに何をしたんだ!」

「アハハハハ……。俺達はただ、こんなところで迷子かと思って声をかけていただけだって」

「あ、ああ! そうだよ。その子が勝手に怖がっただけだって」

必死に笑ってごまかす2人の少年。

「そんな話……信じると思うか? 事と次第によっては、タダでは置かないからな?」

セザールはサフィニアを後ろに庇うと、少年たちを問い詰める。

「な、何だよ……やるって言うのかよ!」

1人の少年がイキがると、別の少年が引き止めた。

「お、おい! やめておけ! あいつ……剣術が得意だったじゃないか!」

「うっ……」

その言葉に途端に弱腰な態度を見せる少年。

「早く持ち場に戻れ。痛い目に遭いたくなければな」

セザールは鋭い眼差しを少年たちに向ける。

「わ、分かったよ!」
「早く行こうぜ」

少年たちは逃げるようにその場を走り去って行った――