孤独な公女~私は死んだことにしてください

「サフィニアと言ったかしら? 数字は読めるのかしら?」

廊下を歩きながら、クララが尋ねる。

「はい、ママが教えてくれたから」

「それなら良かったわ。サフィニアの部屋は303号室よ。扉に303と書いてあるからその部屋を今日から使うのよ。……ここよ」

クララが足を止めたので、サフィニアは扉を見上げた。すると木製扉に303と数字が書かれている。

「303……ここが私の部屋?」

「ええ、そうよ。サフィニアの部屋。ノブに手は届くかしら?」

サフィニアは手を伸ばした。

「大丈夫なようね。では開けてごらんなさい」

カチャ……

ノブを回して扉を開けると、目の前に小さな部屋が現れた。正面に大きな窓があり、壁にぴったり付けるようにベッドが置かれ、小さなテーブルと椅子。蓋つきの大きな木箱が床に置かれている。

(狭くて何も無い部屋……)

サフィニアは部屋を見た途端、最初に感じたことだった。
いくら母親と2人だけで暮らしていたとはいえ、住んでいた場所は離宮だった。
今日から暮らす部屋とは雲泥の差があった。

「1人で住む分には、申し分ない部屋だと思うわ。今日からここを使いなさい」

「……」

呆然と部屋を見つめるサフィニアを見て、クララは笑みを浮かべる。

(フフフ……きっと立派な部屋を与えられて、驚いているのね)

まさかサフィニアがエストマン公爵の娘とは思ってもいないクララは、すっかり勘違いしていたのだ。

「ところで、サフィニア。荷物はそれだけなのかしら?」

サフィニアが手にしているぬいぐるを指さした。

「はい。これだけ……です」

「そう……着替えも無いのね。一応メイド服に寝間着と下着は支給されるけど、それ以外は自分で用意しないといけないのよ。第一、あなたに合うサイズがあるかしら……? とりあえず一緒に衣裳部屋へ行きましょう。いらっしゃい。ぬいぐるみは置いて行くのよ」

「はい」

サフィニアはベッドの上に、ぬいぐるみを置くとクララの後をついて行くことにした——

****

 2人で廊下を歩いていると、メイド達の集団にすれ違った。

「あら? クララさん。その子は誰ですか?」

お下げ髪のメイドがサフィニアに気付き、尋ねてきた。

「この子はサフィニア、今日からメイドとして一緒に働くことになったのよ」

するとメイド達から驚きの声が上がる。

「えっ!? こんな小さな子が!?」
「こんなに小さな子が働けるの?」
「それより、誰かの世話が必要な位じゃない!」
「まさか、私たちがお守をしないといけないの?」

メイド達の会話から、ここでもサフィニアは自分が歓迎されていないことに気付いてしまった。

「……」

再び悲しくなって俯くと、クララが気付いてメイド達を叱りつけた。

「あなた達! やめなさい! この子はまだたった6歳なのに、母親を亡くしてしまったのよ。今日がお葬式だったのだから! 家族はもう誰もいないの。だからポルトス様が連れてきたのよ!」

まだ6歳の上、今日が母親のお葬式だったと聞かされたメイド達は流石にバツが悪かったのか口を閉ざしてしまった。

「行きましょう、サフィニア」

「はい」

再びクララが歩き出し、サフィニアはその後を追う。

(私……今日から、ここで暮らしていけるのかな……)

不安で押し潰されそうだったけれども、まだ6歳のサフィニアは何処にも行き場が無い。

サフィニアは泣きたい気持ちを堪える為、唇を噛みしめるのだった――