お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

「……橘さん。」

その名を呼んだ自分の声が、少し震えていることに紗良は気づいた。
言葉の続きを探すように、そっと視線を落とす。
手のひらには、少し前まで使っていたタオルの温もりがまだ残っていた。

「私、子どもの頃からずっと見てたんです。安西さんと父が、夜通し話してるところ。政治のこと、国のこと、経済のこと……私には難しくて、全然意味なんてわからなかったけど……でも、なんていうか……」

少し唇を噛み、紗良は言葉を紡ぐ。

「父は、ずっと誰かの期待に応えようとしていました。安西さんの夢を、自分が叶えるんだって。たぶん、私が思っていたよりずっと無理してて。だから……」

そこで言葉が詰まる。
紗良は橘をまっすぐ見た。
そして、ゆっくり、確かめるように言った。

「橘さんも、そうなんですよね。――誰かの理想を、自分の体を削ってまで支え続けてきた人なんだって、今、わかりました。」

橘は黙っていた。
だが、その表情は少しだけ緩んでいるように見えた。

「なんか、すごく悔しいんです。私も。……今、こうやって守られてる立場なのに、守ってくれてる人のこと、何にも知らなかったから。」

紗良の手が、ぎゅっと膝の上で握られる。

「でも……そういう人に、私は守られてるんだって思ったら……すごく心強いです。……ありがとう、橘さん。」

それは、きっと紗良にとって初めての“信頼の告白”だった。
ただ感謝するのではなく、彼の過去も覚悟も含めて、今の橘を受け止めるということ。

橘はゆっくりと紗良のほうに体を向け、静かに目を細めた。

「――恐縮です。一ノ瀬さん。」

その一言の奥に、どれほどの想いが詰まっていたのか。
紗良は、それをすぐには測りきれなかった。
けれど確かに、あの時の橘の目は、どこかほっとしたように揺れていた。