お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

紗良は、じっと橘の横顔を見つめていた。
彼の言葉に耳を傾けながらも、心の奥底では、別の記憶が静かに波を打っていた。

彼の言っていたこと――安西宗一郎の病、秘匿された体調不良、それに伴う特別な警護体制――すべてを、紗良はずっと前から知っていた。
知っていたからこそ、橘の語った過去が、胸にひどく沁みた。

安西宗一郎は、紗良にとって「ニュースで見る偉い人」ではなかった。
彼は、夜中でもふらりと一ノ瀬の家に現れては、酒を片手に政治の話を始める、父の“恩人”であり、“師”だった。
ソファで舟をこぎながら語るその横顔を、子どもだった紗良は、階段の影から何度も見ていた。
夜明けまで灯りが消えない日が、幾晩あっただろう。

――「一ノ瀬君、君がこの国の財布を握るべきだ。そうでなきゃ、子どもたちの未来は守れない。」

その声を、紗良は忘れていなかった。

父はもともと政界に積極的なタイプではなかった。
財界の人間として名を成していた父が、なぜ政界に足を踏み入れたのか。
その背中を押したのが、安西宗一郎だった。
“財界の鬼”と呼ばれるまでに鍛え上げたのも、政権の中枢に送り込んだのも、すべて安西の意志だった。

そんな男が、裏では健康を犠牲にしながら、理想を貫こうとしていた。
そしてその理想を守るために、“橘航太”という男が選ばれたのだ。
彼の話を聞いていて、紗良の胸の奥には、奇妙な痛みが走っていた。

――彼はずっと、見えない場所で誰かの信念を支えてきた。
誰にも気づかれず、評価もされず、それでも黙って任務をこなしてきた。
ただ、悔しさとともに。

その姿に、父を見た気がした。

不器用で、言葉少なくて、だけど守ろうとするものには一切の妥協をしない。
理不尽にも、自分を消耗させながら。

「……橘さん。」

声になった瞬間、紗良は気づいた。
言葉の先を、どう続ければいいのかわからなかった。
ただ胸の中に、今にも溢れそうな何かがある。

彼の過去に、思わず心が揺れている。
それは同情ではない。
きっと、共鳴だった。

彼が過去に感じた悔しさも、存在を認められなかった苦しさも、
それを無理やり押し込めて仕事を全うしてきた姿も――全部、自分と重なる気がしたのだ。