お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

橘はほんの少しだけ、体を前に傾けるようにして――まるで「少しだけ話してもいいですか」とでも言うように――口を開いた。

「私は、警護官に任用されて最初に配属されたのが、当時の内閣総理大臣――安西宗一郎氏の警護班でした。」

静かな語り口だったが、その中には言葉を選ぶ慎重さと、過去の記憶を呼び起こす緊張が滲んでいた。

「新人が、現職の総理の警護につくのは、極めて異例でした。でもすぐに、理由はわかったんです。」

橘は少しだけ、目を伏せた。

「安西氏は当時、長年の過労とストレスによって、定期的な投薬や心拍のモニターが必要な状態にありました。
ですが、あの方は誰よりも仕事を優先し、治療を後回しにする傾向があった。
健康不安があることは、国政の混乱を招きかねない――そう判断されたんでしょう。
だから、医師免許を持つ私が選ばれた。」

それは、誇らしいようでいて、同時に苦い記憶だった。

「私は、警護官として必要とされたわけではなかったんです。
たまたま医者だった、それだけで。
訓練を積んでいたとはいえ、現場では“補助的な存在”にすぎなかった。配置も後方。重要な局面には、常に他のベテランが就いていた。」

橘は、思い返すように一度小さく息を吐いた。

「悔しかった。現場で誰よりも真剣に警護について考えていたのに、誰にもそれが届いていない。私の中の“医師”としての肩書きが、ずっと足枷だった。」

その声は、怒りではなく、自分自身を納得させるような響きを含んでいた。

「……でも今は、それが無駄だったとは思っていません。あの時の悔しさが、今の私を作っている。」