お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

点滴の準備が整うと、看護師がにこやかに声をかける。
「じゃあ、始めますね。ちょっとだけ、ちくっとしますよ」

その一言に、紗良は思わずまぶたをぎゅっと閉じた。
眉間に深く皺を寄せ、唇をきゅっと噛みしめる。
長くないはずのその瞬間が、やけに長く感じられる。
体温の高さに、痛覚も過敏になっているのかもしれない。
そして、静かに滲む涙が、目尻に一粒だけ浮かんだ。

その様子を、部屋の対角に立っていた橘は見逃さなかった。
視線を逸らしたまま、そっと眉をひそめる。
表情は静かなままだが、その喉元がわずかに動き、呼吸を整えるように一つ、息を吐いた。
感情を見せない訓練を積んできた彼にしては、それは明らかな動揺のサインだった。

旗野も、窓の外を見ていた体勢のまま、わずかに顔を横に向け、視界の端で紗良の様子をうかがっていた。
彼はまぶたを伏せ、ほんの一瞬目を閉じる。
そして口の中で小さく「……大丈夫だから」と、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。

針が刺さり、点滴が安定すると、看護師がそっと「終わりましたよ」と声をかける。
紗良は目を開け、涙の跡がうっすら残る顔で、かすかにうなずいた。

その瞬間、橘の手が動いた。
無言で、枕元のティッシュを一枚抜くと、紗良に手渡す。
「お疲れさまでした」
いつもより少しだけ、声がやわらかい。

その言葉に紗良は、熱と痛みと恥ずかしさの混ざった表情のまま、かすかに笑って、「ありがとうございます」とつぶやいた。

旗野はそのやりとりを見届けながら、再び視線を窓の外に戻す。
そこには「警護」の色だけでなく、どこか兄のような、あるいは仲間を思う気持ちが見え隠れしていた。

——この部屋にいる3人は、ただの「護衛」と「対象者」ではなくなりつつあった。
少しずつ、見えない糸で結ばれ始めている。そんな静かな時間が、流れていた。