お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

病院に行くために、紗良はふらつく体を引きずるようにして、せわしなく身支度を整えていた。
パジャマを脱ぎ、外出用の柔らかいシャツとパンツに着替え、鏡の前でマスクをつける。
髪もぼさぼさのままだが、今は気にしている余裕はない。

玄関の方に半身だけ向けて待っていた橘が、静かに声をかけた。

「焦らないでください。ゆっくりでいいですよ」

その一言に、紗良の肩の力が少しだけ抜けた。「……はい」と、小さく返事をする。

大きめのコートを羽織り、バッグに保険証とお薬手帳を入れていると、橘が手招きするように右手を小さく動かして言った。

「では、行きましょうか」

玄関のドアを開けると、そこにはすでに旗野が立っていた。姿勢はまっすぐで、目は前方を見据えている。

「病院は死角が多いので、二人体制で警護します」
橘が紗良に向けてそう説明すると、旗野は軽く一礼し、先導するように歩き始めた。

橘は少し間をあけて、紗良の後ろにぴたりとついて歩く。その距離感は絶妙で、守られている安心感と、圧迫感のないちょうど中間だった。

エレベーターの前に立つと、先に到着していた旗野が中を確認。
橘はホールの左右と天井カメラの位置を一瞥してから、背を向けるようにして周囲を見張りながらエレベーターに乗り込む。

「失礼します」
低い声とともに、橘が手を伸ばし、階数ボタンと閉ボタンを同時に押す。

その動作ひとつとっても、無駄がなく、緊張感と緻密さが漂っていた。
紗良はその背を見ながら、思った。

(……これが、私の“いま”の日常なんだ)

ほんの数週間前までは想像もしていなかった。けれど今、彼らの存在が自分を支えてくれていることを、体の芯で感じていた。

病院までの道のりは、始まったばかりだった。