お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

橘は紗良をそっとソファに座らせ、自分は目の前にしゃがみ込むと、タブレットを開いて淡々と作業を始めた。
紗良の様子を確認する目線は優しいが、動きに無駄はない。まるで訓練された医師のように。

「熱は? 頭痛は? 喉の痛みは? 咳は?」
短く、的確に。橘は一つずつ問いを投げかけ、その都度紗良の顔とタブレットの画面を交互に見やった。

その静かなやり取りの中に、どこか「日常」が差し込んでいることに紗良は少し驚いていた。
心配されているというより、守られているという安心がそこにはあった。

少しの沈黙が流れたあと、ふと紗良が尋ねた。

「……今日は、松浦さんの日じゃなかったですか?」

橘の指がタブレットの上で止まり、顔だけを紗良に向けて言った。

「松浦はインフルエンザです。少なくとも五日間は現場復帰できません」

その言葉に紗良の胸がどくりと脈打つ。もしかして、自分が――
そう考えた瞬間、橘はまるでその思考を見透かしたかのように続けた。

「お子さんが数日前から体調を崩していたようで、それがうつったとのことです。ですので、一ノ瀬さんのせいではありません」

さらりと、だがきちんと否定され、紗良は少しほっとしながらも、うなずいた。

「女性警護官は現在、女性閣僚が増えた影響で人手が足りていません。交代要員の確保も難しい状況です」

そう説明すると、橘はすっと背筋を伸ばしながら、最後に一言添えた。

「体調が優れない中、こちらの配慮が行き届かず申し訳ありません」

「いえ……大丈夫です。橘さんたちも、ちゃんと配慮してくださってます」

そう答える紗良の声は少し掠れていたが、真っすぐだった。
自分だけが守られているわけではなく、皆がそれぞれの立場で懸命に動いてくれている――それが、少し身にしみた。

橘は短くうなずくと、静かに言った。

「本日は特に外出予定はありません。ですが、時折様子を見に声をかけさせていただきます。ご返答が難しい場合は、ノックなどでお知らせください」

タブレットを閉じる橘の動きの隙間で、紗良の心にふと影が差す。

(私が具合が悪いだけで、こんなに警護の手間を増やしてしまうんだ……)

そう思いながら、温かい紅茶に目を落とした。喉が痛くて、やはり今日も飲みきれそうにはなかった。