お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

夜が明ける直前、ほんの少しだけ眠ったようだった。

目覚めた瞬間、背中にかいた汗の冷たさと、心に残るざらついた感触が重なった。
あのとき——ドアの外で気配がしたとき——
咄嗟にスマホを掴んで、橘の名前を見つめた自分。

頼ろうとした、それだけで負けた気がした。

「……馬鹿じゃないの、私」

自分の言葉に、自分で目を伏せる。


朝8時ちょうど。
エントランスの外に出ると、橘はいつも通りそこにいた。

変わらない無表情。変わらないスーツ。変わらない距離感。

なのに、昨日と同じはずの姿が、少しだけ違って見えた。

「おはようございます」

「……おはようございます」

紗良が口元を硬く結びながら答えると、橘は視線をずらさずに問いかけた。

「昨晩、何か変わったことはありませんでしたか?」

一瞬、鼓動がひとつ跳ねた。
あの気配のことを、話そうかと思った。

でも、やめた。

——言ったら、また警戒が強まる。
また、何かを制限される。
それに、電話もしていないのに今さら何を。

「特にありません」

自分でも驚くほど、冷たく言えていた。

橘はほんの一瞬だけまぶたを伏せ、すぐに言った。

「そうですか。わかりました」

それだけのやり取りのあと、いつも通りに車のドアが開けられる。

紗良は無言のまま乗り込み、橘が運転席に座ると、車は静かに走り出した。

窓の外の朝の光が、やけに眩しく感じる。


エンジン音の響く車内。

隣の席の橘は、なにも変わらず、いつも通り。

だけど、紗良は知っている。
昨夜のほんの一瞬、自分が「助けて」と思いかけたことを。

その事実だけが、今も胸の奥でじくじくと熱を持っていた。