お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

視界が滲み、世界がゆらゆらと揺れる中で、紗良はスマホを手から放り出すようにベッドに投げ捨てた。

涙で濡れた頬をぬぐう余裕もなく、よろよろとベッドから降りる。

震える足でなんとか玄関まで辿り着くと、震える拳でドアをノックした。

「……一ノ瀬さん?」

耳を澄ますと、橘の声がかすかに聞こえた。
落ち着いた、でも明らかに心配のにじむ声。

紗良はかろうじてロックを外す。
視界はぼやけ、鍵穴の位置すらまともに見えない。

手探りでようやくドアを開けると、そこにいたのはいつもと変わらぬ橘――のはずだった。

でも、今の紗良にはその姿が少し違って見えた。
眩しいほどに、安心を背負っていた。

涙を流しながら手を伸ばす紗良に、
橘は一瞬目を見張ったが、すぐに冷静に手首の無線に報告する。

「対象者の要請により、持ち場を離れ、入室します」

その言葉を終えるや否や、橘は靴も履いていない紗良を支え、部屋の中へと導く。
ソファに座らせると、彼女の目線に合わせてしゃがみ込んだ。

「深呼吸してください。一ノ瀬さん、ここは安全です。もう大丈夫です。落ち着きましょう」

橘の声は低く、穏やかだった。
しかし、紗良の肩は震え、言葉をかけられても呼吸は浅くなるばかりだった。

橘は一瞬だけ部屋に目を走らせると、
すぐさまベッドの上にあった毛布を手に取り、
紗良の肩からふわりとかけた。

そして背中にそっと手を添える。
ゆっくりと、リズムをとるように。

「……スマホに……電話が……ずっと、きて……」

涙まじりの声でかすれながら、
紗良がようやく言葉を紡いだ。

橘の表情が一瞬だけ険しくなる。

「スマホ……ですね。見ても、よろしいですか?」

紗良は小さく、しかしはっきりと頷いた。
その瞳には恐怖と、信頼が混じっていた。

橘はベッドの上にあったスマホを手に取り、
画面を確認する。

無数の着信履歴――すべて非通知、あるいは見覚えのない番号。
そして、最後に届いた一通のショートメッセージ。

『逃げられないよ。一ノ瀬大臣が責任を取らないなら、君が代償を払うべきだ。Xデーはすぐそこに。』

橘の眉がわずかに寄り、目の奥が鋭く光る。

それはただの脅しではない、
明確な“敵意”が存在すると告げる証だった。

「……確認しました。これは危険性の高い脅迫です。すぐに本部に連絡します。」

その言葉に、紗良はようやく少しだけ頷いた。

その瞳の奥には、怯えと共に――
橘という存在が“守ってくれる”という小さな希望が、灯り始めていた。