夜。
都心の喧騒から少し離れたマンションの一室。
照明を落としたリビングには、テレビの光だけがぼんやりと揺れていた。
紗良はソファに身体を預け、膝を抱えて座っていた。
画面の中では、どのチャンネルも同じトピックを繰り返していた。
《一ノ瀬財務大臣と某大手建設会社の不透明な資金の流れが――》
《捜査関係者によれば、政治献金の一部が裏金として処理されていた可能性も——》
《……“娘の存在もまた、ひとつの切り札になり得る”と見る声も》
「……うるさい」
小さくつぶやいて、リモコンを手に取る。
でも、電源ボタンに指が触れたまま、なぜか押せなかった。
——“一ノ瀬紗良の身は、保障しない”
数日前、父の執務室で見た脅迫状の一節が、不意に脳裏をよぎる。
あのときは、鼻で笑って受け流したつもりだった。
「……ふざけてる。こんなのに振り回されてたまるか」
自分に言い聞かせるように呟いた声は、部屋の中にすぐに吸い込まれていった。
スマホを手に取り、SNSを開いてみる。
タイムラインにはカフェの新作、友人の結婚報告、週末の旅行計画——
「普通」が、雑音みたいに並んでいた。
窓の外を見れば、灯りの少ない深夜の街。
こんな時間、声をかけられるような人もいない。
たとえ電話をかけたとして。
父は、今どこにいるのかさえ、わからない。
——あの人にとって私は、守るべき娘じゃなく、
ただの“使える駒”なんじゃないかって。
思ってはいけないはずの疑念が、ひたひたと胸に広がる。
そのとき。
ドアの外で、ふと気配がした。
ガサ…という靴音。何かが擦れるような音。
すぐにスマホを握り直した。
着信履歴に「橘航太」の名があることに、心臓がわずかに跳ねた。
——どうするの、こんなとき。
電話、していいの?
それとも……“業務時間外”って、切られる?
結局、通話ボタンには触れられないまま、紗良は息を殺して耳をすませた。
音は、いつの間にか止んでいた。
自分が過敏になってるだけだろうけど。
今夜、眠れる気がしなかった。
都心の喧騒から少し離れたマンションの一室。
照明を落としたリビングには、テレビの光だけがぼんやりと揺れていた。
紗良はソファに身体を預け、膝を抱えて座っていた。
画面の中では、どのチャンネルも同じトピックを繰り返していた。
《一ノ瀬財務大臣と某大手建設会社の不透明な資金の流れが――》
《捜査関係者によれば、政治献金の一部が裏金として処理されていた可能性も——》
《……“娘の存在もまた、ひとつの切り札になり得る”と見る声も》
「……うるさい」
小さくつぶやいて、リモコンを手に取る。
でも、電源ボタンに指が触れたまま、なぜか押せなかった。
——“一ノ瀬紗良の身は、保障しない”
数日前、父の執務室で見た脅迫状の一節が、不意に脳裏をよぎる。
あのときは、鼻で笑って受け流したつもりだった。
「……ふざけてる。こんなのに振り回されてたまるか」
自分に言い聞かせるように呟いた声は、部屋の中にすぐに吸い込まれていった。
スマホを手に取り、SNSを開いてみる。
タイムラインにはカフェの新作、友人の結婚報告、週末の旅行計画——
「普通」が、雑音みたいに並んでいた。
窓の外を見れば、灯りの少ない深夜の街。
こんな時間、声をかけられるような人もいない。
たとえ電話をかけたとして。
父は、今どこにいるのかさえ、わからない。
——あの人にとって私は、守るべき娘じゃなく、
ただの“使える駒”なんじゃないかって。
思ってはいけないはずの疑念が、ひたひたと胸に広がる。
そのとき。
ドアの外で、ふと気配がした。
ガサ…という靴音。何かが擦れるような音。
すぐにスマホを握り直した。
着信履歴に「橘航太」の名があることに、心臓がわずかに跳ねた。
——どうするの、こんなとき。
電話、していいの?
それとも……“業務時間外”って、切られる?
結局、通話ボタンには触れられないまま、紗良は息を殺して耳をすませた。
音は、いつの間にか止んでいた。
自分が過敏になってるだけだろうけど。
今夜、眠れる気がしなかった。



