執務室を出ると、橘はすぐに立ち上がった。
紗良の顔を一瞥し、何も聞かずに一歩後ろに下がって歩調を合わせる。
「ありがとうございました。少しだけ、話せてよかったです」
紗良の声は穏やかだったが、どこか力が抜けたようでもあった。
「……ご無事で何よりです」
橘はそれだけ言うと、エレベーターへと歩き出す。
無言のまま廊下を歩く二人。だが、今日はどこかその沈黙が息苦しくなかった。
エレベーターに乗り込み、階数ボタンを押す。ドアが閉まると、橘がぽつりと口を開いた。
「何か、変化はありましたか」
「変化、ですか?」
「お気持ちに。……不安や疑問が、少しでも和らいだなら、それでいいと思います」
紗良は驚いたように橘を見た。
橘が彼女の心情に触れるような言葉を口にすることは、これまでなかったからだ。
「……意外です。橘さんがそんな風に聞いてくださるなんて」
「自分の至らなさに気づく機会があったので」
「至らなさ、ですか?」
エレベーターが静かに最下階に到着する。
ドアが開く直前、橘は目を合わせずに、低く静かに言った。
「私は、対象者を守ることしか考えていなかった。けれど、それが“生きてさえいればいい”という守り方になっていたことに、最近気づきました」
「……」
「人の心を守るには、もっと目を配らなければならない。それができていなかったことを、あなたの表情で気づかされたんです」
ドアが開き、眩しい昼の光が差し込む。
橘は歩き出し、紗良もあとに続いた。
「……それって、もしかして、松浦さんに言われたんですか?」
「ええ。言い当てられました」
小さく笑い声が漏れた。
「……でも、ありがとうございます。少しだけ、気持ちが軽くなりました」
橘はうなずき、道路に止めてある車へと誘導する。
ドアを開けたそのとき、紗良はふと振り返った。
「橘さん」
「はい」
「……次に、買い物に行きたいと思ったら、付き合ってくれますか?」
その一言に、橘は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにまっすぐに頷いた。
「もちろん。お供します」
それは初めて交わされた、形式ではない“約束”だった。
紗良の顔を一瞥し、何も聞かずに一歩後ろに下がって歩調を合わせる。
「ありがとうございました。少しだけ、話せてよかったです」
紗良の声は穏やかだったが、どこか力が抜けたようでもあった。
「……ご無事で何よりです」
橘はそれだけ言うと、エレベーターへと歩き出す。
無言のまま廊下を歩く二人。だが、今日はどこかその沈黙が息苦しくなかった。
エレベーターに乗り込み、階数ボタンを押す。ドアが閉まると、橘がぽつりと口を開いた。
「何か、変化はありましたか」
「変化、ですか?」
「お気持ちに。……不安や疑問が、少しでも和らいだなら、それでいいと思います」
紗良は驚いたように橘を見た。
橘が彼女の心情に触れるような言葉を口にすることは、これまでなかったからだ。
「……意外です。橘さんがそんな風に聞いてくださるなんて」
「自分の至らなさに気づく機会があったので」
「至らなさ、ですか?」
エレベーターが静かに最下階に到着する。
ドアが開く直前、橘は目を合わせずに、低く静かに言った。
「私は、対象者を守ることしか考えていなかった。けれど、それが“生きてさえいればいい”という守り方になっていたことに、最近気づきました」
「……」
「人の心を守るには、もっと目を配らなければならない。それができていなかったことを、あなたの表情で気づかされたんです」
ドアが開き、眩しい昼の光が差し込む。
橘は歩き出し、紗良もあとに続いた。
「……それって、もしかして、松浦さんに言われたんですか?」
「ええ。言い当てられました」
小さく笑い声が漏れた。
「……でも、ありがとうございます。少しだけ、気持ちが軽くなりました」
橘はうなずき、道路に止めてある車へと誘導する。
ドアを開けたそのとき、紗良はふと振り返った。
「橘さん」
「はい」
「……次に、買い物に行きたいと思ったら、付き合ってくれますか?」
その一言に、橘は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにまっすぐに頷いた。
「もちろん。お供します」
それは初めて交わされた、形式ではない“約束”だった。



