お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

キッチンのカウンターに置かれた、ビニール袋。

そこには、橘が用意してくれたおにぎりとサンドイッチが入っていた。
コンビニの温かみのないパッケージ。
それでも、袋の口元が丁寧に結ばれていることに、なんだか少し救われた気がした。

「……ありがとう」

ひとり言のように呟いて、紗良はソファに体を預けた。

冷蔵庫はほとんど空だった。
数日前に買ったレトルトと、賞味期限が近い豆腐が一丁。
スーパーに行こう、と思ったこともあった。
でも、警護の人に付き添ってもらうなんて申し訳なさすぎて、玄関のドアノブに手をかけることさえできなかった。

リモコンに指を伸ばし、テレビのスイッチを入れる。
画面には、総理官邸前の映像が流れていた。

──「一ノ瀬財務大臣、官邸入り。裏金問題、ついに説明か」

記者たちに囲まれながら、無言で官邸の中へ入っていく父の姿。
スーツの肩口が押され、額には一瞬、苛立ちとも苦痛とも取れる表情が浮かんでいた。

「任命責任はどうなるのか、総理は何を考えているのか──今夜の会食がカギを握るでしょうね」

「一ノ瀬氏は今までも幾度となく火種を抱えてきましたから。裏では省内の掌握がうまくいっていなかったという話もありますよ」

「そもそも、娘さんの件も含めて、いま一ノ瀬家は家庭内でもゴタゴタが──」

何の根拠もない、ただの憶測。

あたかも事実のような口ぶりで、コメンテーターたちはしたり顔で話していた。
紗良にはもう慣れた光景だった。言い返す気も起きない。そんな番組に真実はないとわかっているのに、それでも胸の奥がざわついた。

父が辞めようが続けようが、本当はどうでもいい。

彼が何を選んでも、紗良の望みはただひとつ。

──元の生活を返してほしいだけだった。

朝、駅まで歩いて、コンビニでカフェラテを買って、誰かと笑って他愛ない話をしていた、あの日常。
それが失われたのは、父のスキャンダルのせいであり、そして、テレビに映るこの「見世物」のせいだった。

スキャンダルはテレビ局のエサだ。
誰かの人生を、日常を、簡単に餌食にして視聴率を稼いでいく。
「公共の監視」なんて綺麗な言葉を盾にして。

紗良はリモコンを取って、無言でテレビを消した。

画面が黒くなり、そこに映ったのは、すっぴんの自分の顔だった。
誰も知らない戦場に、彼女はまだ、ひとりで立っている。