お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

仕事場に着くまで、車内は静まり返っていた。
助手席に座る橘はひとことも発さず、ただ前方を見つめているだけ。

無言の緊張感が、耳鳴りみたいに頭に残った。

——気まずいって感情、持ち合わせてないんだろうか。

「ここでいい。降ります」

そう言うより早く、橘は助手席から降りて、後部座席のドアを開けていた。
まるで動作が予定されたかのように。

「……ありがと」

小さくつぶやいた声が、彼に届いたかはわからない。
返事はなかった。


その日から、生活は一変した。

自宅マンションのエントランスには、常にひとりのSPの姿。
朝は橘が必ず送迎に現れ、夜もどこかで誰かが見ている気配。

家の前を誰かが通れば、即座に橘から連絡が入る。

『本日18:20、不審な男性がマンション敷地内を徘徊。対応済み。念のため、今夜は玄関チェーンをお忘れなく』

あまりの徹底ぶりに、怖さよりも息苦しさが募る。


ある夜。

疲れて帰宅した紗良は、エントランスで橘の姿が見えないことに気づいた。
少しほっとして、自宅のドアを開ける。

「……っ!?」

誰もいないはずの玄関。だが、すぐ横の壁に寄りかかって、橘がいた。

「な、なにしてんの……!心臓止まるかと思った……!」

「すみません。外に出られない状況だったので、中で待機していました」

「せめて、声くらいかけてよ……!ていうか、家の中って……!」

「許可は取ってあります。管理会社から鍵のコピーも預かっている。何かあった時のために」

「……どこまでやるつもりなの?」

声がかすれた。
橘は、少しだけ視線を下げたように見えた。

「この任務を完遂するまでです。それが、私の仕事ですから」

そう言って立ち上がると、橘は紗良に背を向けてドアを開けた。

出て行く気配がして、紗良は思わず呼び止めた。

「ねえ、あんたって——そうやって、いつも“任務”で全部終わらせてるの?」

一瞬、橘の足が止まった。

でも、返事はなかった。


外の廊下に、橘の足音が静かに消えていった。

そして、紗良の胸の奥に、うっすらとした違和感が残った。

——私、なんであんなこと言ったんだろう。