執務室を後にした松浦は、廊下をゆっくり歩きながら胸の奥に残る“何か”を咀嚼していた。
(……やっぱり少し、固いな)
橘のことだ。優秀で、冷静沈着、あらゆる現場において的確に判断を下せる逸材。
それは間違いない。
だが、人を“守る”という本質は、スキルだけでは補えないことがある。
今日の紗良との会話で、それを改めて感じさせられた。
控室の前で、タイミングを見計らっていたかのように佇む橘の姿が目に入る。
松浦はそっと声をかけた。
「ちょっといい?」
橘が頷くと、紗良の執務室のドアが見える範囲で、人気のない備品室前まで移動し、松浦は背中を壁に預けて腕を組んだ。
「橘。今回、主任としてついてもらったのは、経験を積ませるためでもある。
でも、少しだけ助言させて欲しい」
橘は黙って、先輩の言葉を待った。
「普段、あなたが警護しているのは――そうね、六十歳を裕に超えた議員さんたちが多いでしょう。
確かに、怖い顔でも問題ない。
でも、今回は違う。対象者は、今まさに不安を抱えている若い女性だよね」
松浦の声に、温度があった。
まるで紗良の心情に触れた直後だからこそ、重みが違っていた。
「対象者に合わせて対応を変えるのも、警護のうちだよ。
不安を和らげて、信頼を獲得して、世間話でも何でも引き出すこと。
それが、心のセキュリティにもつながる。
形式的な警護だけでは、対象者の“心”は守れない。
……それが今回の教訓だと思ってほしい」
橘はわずかに目を伏せたまま、深く頷いた。
自分の足りなさに気づいていなかったわけではない。
けれど、誰かに指摘されて初めて、直視できることもある。
(信頼を築くには、まず“安心”を感じてもらわなきゃいけない)
彼はようやく、自分の中に欠けていた“人間味”を補う必要性を自覚し始めていた。
規律や技術だけでは届かない領域――
それを知ることこそ、橘航太にとって、次の成長なのかもしれなかった。
(……やっぱり少し、固いな)
橘のことだ。優秀で、冷静沈着、あらゆる現場において的確に判断を下せる逸材。
それは間違いない。
だが、人を“守る”という本質は、スキルだけでは補えないことがある。
今日の紗良との会話で、それを改めて感じさせられた。
控室の前で、タイミングを見計らっていたかのように佇む橘の姿が目に入る。
松浦はそっと声をかけた。
「ちょっといい?」
橘が頷くと、紗良の執務室のドアが見える範囲で、人気のない備品室前まで移動し、松浦は背中を壁に預けて腕を組んだ。
「橘。今回、主任としてついてもらったのは、経験を積ませるためでもある。
でも、少しだけ助言させて欲しい」
橘は黙って、先輩の言葉を待った。
「普段、あなたが警護しているのは――そうね、六十歳を裕に超えた議員さんたちが多いでしょう。
確かに、怖い顔でも問題ない。
でも、今回は違う。対象者は、今まさに不安を抱えている若い女性だよね」
松浦の声に、温度があった。
まるで紗良の心情に触れた直後だからこそ、重みが違っていた。
「対象者に合わせて対応を変えるのも、警護のうちだよ。
不安を和らげて、信頼を獲得して、世間話でも何でも引き出すこと。
それが、心のセキュリティにもつながる。
形式的な警護だけでは、対象者の“心”は守れない。
……それが今回の教訓だと思ってほしい」
橘はわずかに目を伏せたまま、深く頷いた。
自分の足りなさに気づいていなかったわけではない。
けれど、誰かに指摘されて初めて、直視できることもある。
(信頼を築くには、まず“安心”を感じてもらわなきゃいけない)
彼はようやく、自分の中に欠けていた“人間味”を補う必要性を自覚し始めていた。
規律や技術だけでは届かない領域――
それを知ることこそ、橘航太にとって、次の成長なのかもしれなかった。



