お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

2人が帰ったあとのリビングは、驚くほど静かだった。

さっきまでの事務的な会話や、パタパタと書類をやりとりする音が嘘のように消え、空間に取り残されたような感覚が紗良を包む。

ソファに深く腰を沈めたまま、紗良は天井を仰いだ。静寂の中で、さっきの高坂の言葉が、もう一度、はっきりと脳裏で反響する。

――限られた人しか知らなかった。
――部外者に漏れていた。
――公安部の捜査が入っている。

自分の胸の中に、黒い墨がじわじわとにじんでいくような、嫌な感覚が広がっていく。

誰が?
なぜ?
どうして……。

自分を売った人間がいる。
笑顔で会話をしていた誰かが、自分を危険に晒す情報を外に出した。

信じていた誰かが、裏切った?

目の奥が熱くなる。心臓がじくじくと痛む。思考が堂々巡りして、出口が見えない。

どこまで信じてよくて、どこから疑えばいいのか――そんな境界線さえ、ぐらぐらと揺れていた。

「……」

気づけば、背中にぬくもりが触れていた。

「大丈夫ですか」

低く落ち着いた橘の声が、すぐ後ろから聞こえる。

振り返らなくても、その表情が真剣で、少しだけ心配そうな色を浮かべているのがわかった。

紗良はかすかに首を振る。けれど言葉にはできなかった。

橘はそのまま、ソファの端にゆっくり腰を下ろし、少し距離を取って並んだ。

「不安になるのは、当然のことです」

その一言に、紗良はわずかに肩を震わせた。

「誰が……なんて思いたくない。でも、近くにいた誰かが……。そう思うと、全部が疑わしくなって」

声を震わせながら言うと、橘は小さくうなずいた。

「疑って当然です。命に関わることなんですから」

そう言ってから、一拍置いて続ける。

「でも、あなたの傍には、信じていい人間もちゃんといます」

紗良はふっと目を伏せた。
その言葉を信じたいと、心のどこかで強く願っていた。

「橘さんは……信じていい人ですか?」

そう尋ねた声は、まるで少女のようにか細かった。

橘はまっすぐ彼女を見つめながら、はっきりと答える。

「それだけは、疑わなくていい」

その一言に、ようやく紗良の胸の中にあった黒い渦が、少しだけほどける気がした。