お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

デスクの上のペットボトルを、もう何度手に取っただろう。
一口飲んでは戻し、またため息。
そしてまた、一口。
無意識に繰り返す動作に、自分でもうんざりする。

「……はぁ」

小さなため息が、今日だけで何度目かもわからない。
落ち着かない視線を宙に泳がせながら、気づけば2時間が経っていた。
ふと、紗良は手元の書類から顔を上げ、壁際に立つ男に声をかけた。

「……あの、今日はずっと橘さんですか?」

橘は、いつも通り微動だにせずに答えた。

「そうですが、何か問題ですか?」

少しの間を置いて返されたその言葉は、相変わらずの無表情と冷静な声音だった。

(あなた以外がいい、なんて言えない)

紗良は小さく首を振るようにして、「ただの確認です」とだけ言った。
橘は何も言わず、視線を少しだけ外へ向けた。

やがて終業時間。
紗良は黙々と荷物をまとめ、パソコンの電源を落とすと、立ち上がって橘の方へ視線を向けた。

「帰ります」

その一言に、橘は軽く頷き、先に歩いてドアを開ける。

いつもの流れ。
何の変哲もないルーティン――のはずなのに、橘の背中が少しだけ近く見えた。

マンションまでの帰路。
橘の運転する車の後部座席に座った紗良は、黙ったまま車窓の外を眺めていた。

時折、流れる街の光が顔を照らす。
考えないようにしていても、昼間に見たSNSのメッセージが、脳裏にちらつく。

(どうしてあんな言葉が、平気で書けるんだろう)

ぼんやりとそんなことを考えていた時――

「大丈夫ですか?」

運転席から、静かな声が聞こえた。

不意の問いかけに、紗良ははっと顔を上げる。
前を向いたままの橘の目が、ルームミラー越しにこちらを捉えていた。

思いがけないその言葉に、胸の奥がすこし、きゅっとなった。
冷たい人だと思っていた。無表情で、無関心で。
だけど――もしかしたら、違うのかもしれない。

ミラー越しに視線を合わせたまま、紗良は口を開いた。

「……大丈夫です」

それは、嘘でも強がりでもなかった。
不思議と、今は本当にそう思えた。

橘は何も言わなかった。ただ、静かに前を見据えて運転を続けた。
紗良も、黙ったまま、ミラーに映る彼の横顔をもう一度だけ見つめた。

――もしかしたら、少しだけ、距離が縮まったのかもしれない。