一ノ瀬岳は書斎に入ると、重い足取りのまま棚の奥から古いウイスキーの瓶を取り出し、グラスに注いだ。
氷は入れない。いつもそうだった。喉を焼くようなアルコールの熱さが、心の奥にある感情を少しだけ紛らわせてくれる気がするから。
ふと、視線が壁際の写真立てに向く。
そこには、若い頃の妻が微笑んでいた。病に伏す前の、穏やかで優しい笑み。
写真の中の彼女は、何も語らず、ただ静かに見つめ返してくる。
「見たか。紗良が、恋をしたよ」
ぽつりと、呟いた声が夜の静寂に溶ける。
グラスを口元に運ぶと、アルコールの熱さと共に胸が締めつけられた。
「強くなったな、あいつ……。それでも、やっぱり寂しいもんだな。娘を誰かに託すってのは」
月明かりがレースのカーテン越しに差し込み、グラスの中の琥珀色を淡く照らす。
その光に照らされた一ノ瀬の目には、静かに涙が浮かんでいた。
彼女の幸せを、ただ願っている。
命よりも大切な娘が、傷つくことなく、愛されて、生きてほしい。
――それだけが、いまの自分のすべてだった。
写真に向かって、小さくグラスを掲げる。
「……見守ってくれ。俺たちの、大切な娘を」
一ノ瀬岳はそう言って、静かにグラスを傾けた。
氷は入れない。いつもそうだった。喉を焼くようなアルコールの熱さが、心の奥にある感情を少しだけ紛らわせてくれる気がするから。
ふと、視線が壁際の写真立てに向く。
そこには、若い頃の妻が微笑んでいた。病に伏す前の、穏やかで優しい笑み。
写真の中の彼女は、何も語らず、ただ静かに見つめ返してくる。
「見たか。紗良が、恋をしたよ」
ぽつりと、呟いた声が夜の静寂に溶ける。
グラスを口元に運ぶと、アルコールの熱さと共に胸が締めつけられた。
「強くなったな、あいつ……。それでも、やっぱり寂しいもんだな。娘を誰かに託すってのは」
月明かりがレースのカーテン越しに差し込み、グラスの中の琥珀色を淡く照らす。
その光に照らされた一ノ瀬の目には、静かに涙が浮かんでいた。
彼女の幸せを、ただ願っている。
命よりも大切な娘が、傷つくことなく、愛されて、生きてほしい。
――それだけが、いまの自分のすべてだった。
写真に向かって、小さくグラスを掲げる。
「……見守ってくれ。俺たちの、大切な娘を」
一ノ瀬岳はそう言って、静かにグラスを傾けた。



