お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

個室の鍵を閉めた瞬間、紗良の肩からふっと力が抜けた。
表情筋が緩むのが自分でも分かる。

(唯一、誰にも見られずにいられる場所がトイレだなんて……)

便座に座ったまま、数分間ただぼんやりと天井を見上げる。

(ここだけが、何も気を張らなくていい場所なんて、笑っちゃう)

用を済ませてもすぐには出ず、少しだけその場に留まった。
ようやく重い腰を上げて洗面台へ向かい、洗って冷えた手を軽く顔に当てた。

鏡の中の自分と目が合う。

わずかに青白く、目の下にうっすらと影が落ちていた。

「……はぁ」

深いため息を吐く。
そして、口角だけを引き上げて、鏡に向かって笑ってみる。

「大丈夫、大丈夫。何ともない」

自分に言い聞かせるように呟き、レストルームを後にした。

扉を開けた瞬間、すぐそばに立つ橘と視線がぶつかった。
驚くほど無表情なその瞳に、何も読み取れない。

(気にしない、気にしない)

何も言わずに橘の脇を通り抜け、淡々と執務室に戻る。

すると、やはり彼も後ろから何の迷いもなく部屋に入ってきた。
その瞬間、紗良の足が止まる。

振り返って、静かに問いかけた。

「……なぜ入ってくるの?」

その問いに、橘は少しも動じず、

「お加減がすぐれないようでしたので、中で警護させていただきます」

と、淡々と答えた。

(……見てたんだ、やっぱり)

それでも紗良はもう、言い返す気力すら湧かなかった。

「……そうですか」

そうだけ返して、椅子に腰を下ろし、再び仕事に戻った。
画面に映る文字列が、やけに遠く感じた。