お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

外で待機していた松浦と、視線でわずかに合図を交わすと、紗良は静かに竹下部長の部屋へと歩き出した。
(何日も休んじゃったし……やっぱり怒られるのかな)
そんな思いが胸の奥にちらつく。

緊張したままドアの前に立ち、コンコン、とノックをする。

「どうぞ」

重厚な扉を開けると、中には竹下部長がいた。予想に反して柔らかい笑みを浮かべている。

「一ノ瀬、お疲れ。急に呼び出して悪い」

「いえ……」
紗良は少しだけ表情を緩めながら、促されるままに椅子に腰を下ろした。

次の瞬間、竹下が手元の書類を一冊、軽く“とん”と音を立てて机の上に置いた。製本されたその表紙には——

『令和6年 株式会社セラフィコ・コーポレーション 株主総会に関する議案』

と書かれていた。

紗良の心臓がドクンと高鳴る。

「……これ、まさか」

「そう、次の株主総会。例の案件で、私がその日、経済産業省の『デジタル成長戦略会議』に呼ばれていてな。会社からも、省庁対応を優先するように言われている。そこで——」

と、竹下は紗良にまっすぐ視線を向けた。

「代理として、君に質疑応答をお願いしたいんだ」

紗良は言葉を失った。けれど、すぐに理解する。

(断れるわけ、ない……)

セラフィコ・コーポレーションの筆頭株主は、フォーサイス・グローバル・インベストメンツ。アメリカに本社を置く、いわゆる“物言う株主”として有名な投資会社だ。利益を追求する姿勢が非常に厳しく、経営陣に対する質問も、数字をベースに容赦がない。

毎年この総会後、竹下部長が疲労困憊で戻ってくるのを、紗良は見ていた。

「……あの、私にできるでしょうか」

小さく尋ねると、竹下は苦笑を浮かべる。

「誰でもできる仕事じゃない。でも、君ならやれると思ってる。しっかり下準備はしてもらうし、私もサポートする。それに……いま、社内で一番“信頼されている若手”と言えば、君だからな」

信頼。
その言葉が、少しだけ胸を温かくした。

紗良は深く息を吸って、軽く顎を引いた。

「……承知しました。頑張ります」

「よし」
竹下は満足そうに頷き、議案資料をさらに数部取り出して紗良の前に差し出した。

「じゃあ、今日から地獄の予習スタートだな」

——この先の数日、また怒涛の日々が待っていそうだ。