お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

久々の出勤。朝の空気がこんなに澄んでいたかと思うほど、会社のエントランスは何気ないざわめきに包まれていた。

けれど、私が足を踏み入れた瞬間、その空気が一変した。ざわざわと、誰かが小声で私の名前を呼んだ気がする。
「……一ノ瀬さんだよ」「本当にSPついてるんだ……」
そんな声が背後から漏れてくる。

これまで“普通の社員”として、肩書を伏せて働いてきたのに。
あの日の襲撃事件が、すべてを変えてしまった。

松浦さんとエレベーターを降りると、職場フロアの空気はさらにピリついていた。
部屋に入るなり、足音も軽やかに秘書の坂口がすっ飛んでくる。

「一ノ瀬さん、お帰りなさい! あのっ……仕事、ちょっと……とんでもないことに」

「うん、何となく覚悟はしてた」

苦笑しながらデスクに着くと、パソコンのメールソフトが自動で開き、
表示された未読件数——350件。

「……あぁ、やっぱりね」

画面を前に、小さく息を吐く。
インフルエンザと入院のダブルパンチで出勤停止だった日々。
その間に蓄積された業務の山は、今こうして、一つずつ私の目の前に立ちはだかっている。

「坂口さん、まずは重要な順にピックアップしてもらえる?」

「はいっ! 全部確認済みなので、マークつけておきました!」

「助かる。……残業、確定ね」

そうぼそりと呟くと、松浦が隣で小さく笑った。

「なら、ちゃんと休憩も取ってくださいよ。倒れたばっかなんですから」

「……了解」

苦笑しつつ、私はマウスに手を置き、一件ずつ、メールを処理し始めた。

けれどその内心には、仕事に復帰できることへの、静かな喜びもあった。
戻る場所がある。待っていてくれる人がいる——それだけで、少しだけ心が軽くなる。