白雪の姫は夜を仰ぐ

白雪財閥の第一令嬢の……
と語っても、伝わらないかもしれない。

そう思った途端、なにか、
あたたかいものが体を巡っていく心地がした。



「 このガーベラ、きれいですね 」

「 ……ああ 」



彼にとって私は、" 白雪 真珠 " ではない。
生まれて初めての体感。



「 こちらによくいらっしゃ……来るの?」

「 ああ、たまに 」



彼は花壇を大きく跨ぐと、
腰を下ろした。

少し近づいた距離に、
無意識に足が一歩下がる。



「 ここのお庭、とっても素敵ですね 」



本当に思っていることなのに、
声にすると、
当たり障りのない言葉に聞こえる。



彼は座ったまま、
私を見上げるとふっと笑った。

黒い髪が後ろに流れた表情を、
日光が照らす。



切れ長の目と、色素の薄い眉。
すっとした鼻筋に、口もとは形が整っている。

黒い姿が醸し出す
ダークな印象からは想像できない、
シャープで整った顔立ち。



深く塗り潰したような黒い瞳が、
まっすぐと、
私の顔を捉えているのがわかった。



「 お前、真っ白だな 」

「 ……あなたは、髪も服も黒なのね 」

「 だん 」

「 だん? 」

「 暖かいと書いて、暖。俺の名前 」

「 ……暖、さん 」



そう呟くと、
暖さんは「 そう 」と穏やかに笑った。



" 暖かい " と書いて、暖。



黒い男の人を包むその雰囲気に、
なんだか、とてもしっくりくる気がする。



「 真珠、だっけ?夜は好きか?」

「 夜は、好きというか…… 」



好きや嫌いの対象ではない、ということを
どう言ったらいいのか考えていると、

暖さんはまた微笑んで、
上着からスマホを出した。

彼はそれを何度かタップして、
一枚の写真が表示された画面を
私の前に差し出す。



「 これが、夜……?」



夜景に囲まれて撮られたような写真は
鮮やかな光がキラキラとしていて、眩しい。



「 ああ 」



赤、青、白、緑、ピンク、紫。
たくさんの色が輝いている景色はまるで――



「 花が咲いているみたい 」

「 ああ 」



ここは、どこ?
暖さんは、何をしている人?
……どうしてこれを見せてくれたの?

頭に浮かぶたくさんの言葉を
どれから声にしたらいいだろうと思っていると、

遠くに見える木の枝が
ゆっくりと揺れた。



――六花。



休憩をもらってから、
20分くらいは経っているかもしれない。

遠くから聞こえる声が、
真珠様、と言っているような気がした。



「 ……私、そろそろ行きます 」



衣装に落ちた葉をそっと摘んで、
花壇に添える。



暖さんは
スマホをゆっくりと仕舞うと、



「 苦しくないか?」



――そう言って、
また私の目をまっすぐ捉えた。



「 ……大丈夫です 」



体を気遣われているのではないと思うけれど、

暖さんが心配そうに発した
" 苦しい " が

何を表すのか分からないまま、咄嗟に答える。



――大丈夫。



取材に戻れば、
私は " 白雪 真珠 " 。

白雪の娘には、
心配することなんてないのだから。