白雪の姫は夜を仰ぐ

「 ……誰?」



低めの、けれど透き通ったような声が、
近くに立つ木の後ろから聞こえる。



心臓が、大きく跳ねる。

パールでは――
私の日常には聞き慣れないトーン、

このトーンは、これは、男性の声……。



「 し、白雪です 」



動揺を悟られないように、
揺れそうになる声をなるべく平坦に保つ。



「 あ? 」



低い声のもとにある木が
重さから開放されたように、しなって揺れる。

色とりどりのガーベラに、
大きな影が落ちた。



「 スタッフさん……ではありませんね…… 」



肩までの黒い髪、
ラインの曖昧な黒い服。

世界を見透かしたような、
真っ黒に光る瞳。



髪から足先まで黒いシルエットに、
耳元のゴールドのピアスが
ぴかぴかと光っている。



「 ……誰?」



真っ黒な男性は、さっきと同じ言葉を、
全く同じトーンで繰り返した。



──六花を呼ばないと。



こんな時にしか使わないスマホを、
ポケットから、



……今着ているのは " Shirayuki " の新作。



ポケットはついているけれど、
何も入っていない。



ママの言葉が、脳内に蘇る。
" いついかなる時も、白雪のお嬢様でいること "



ほぼ無心で
飛び出してきてしまったのは私で、

その責任を負うのは、
側近の六花だ。



「 白雪、真珠でございます 」



黒い男性に向き直って、
背筋を伸ばす。



名前も年齢も知らない、
きっと今後一度も会うことはない相手でも、
私は " あの " 白雪 真珠なのだから。



「 ……わりぃ、名前、聞いても分かんねーな 」



黒い男性から返ってきた反応は、
思っていたのとは全く違う、
平坦なものだった。