白雪の姫は夜を仰ぐ

私と暖さんを乗せたバイクが
ゆっくりと走り出していく。



夜の世界。



あっという間に繁華街を出て、

暗くて明るい街が、
風とともに流れていく。

人通りが少なくなって、坂道をのぼる。



しばらく乗っていると、
高台のように開けた場所でバイクが停まった。

先に降りた暖さんが、
私を持ち上げて地面に下ろす。



「 ……眩しい 」



赤、青、白、緑、ピンク、紫――。

写真と同じ光が、
写真よりも眩しく光っている。



「 何だっけ、名前 」

「 真珠です 」



" 白雪 " という名前は引っ込めた。

そうすると、
何だか自分の名前が新しく聞こえる。



「 ああ、真珠だ 」

「 暖さん、ですよね 」

「 暖、でいい。慣れない 」

「 分かった 」



暖さん――暖は、
そう言うと光を見下ろした。

後ろから、
2台のバイクの走行音が近づいてくる。



「 ……暖、その女の子は知り合い?」



声の方を振り向くと、

茶髪の方の男性が
バイクを止めて近づいてくる。

お辞儀をすると、ぺこっと返してくれた。



「 真珠です 」

「 真珠ちゃん。燎牙 ( りょうが ) って呼んで 」

「 燎牙さん…… 」

「 燎牙でいいよ 」



もう一台のバイクから、
今度は藍色の髪の男性も近づいてくる。



「 風牙 ( ふうが ) 。
暖、この女の子とはどういう関係? 」



藍色の方――風牙が問いかけると、
暖は少し沈黙してから言った。



「 ……ま、仲良くしとけよ 」



燎牙と風牙が、
驚いたように顔を見合わせる。

燎牙が口パクで
何かを発したのが見えた。



―― " か の じょ "



「 ……ちが「 もういいから先帰ってろ 」

「 了解 」



否定は暖の言葉に遮られ、
燎牙と風牙は
バイクに跨ってエンジンを蒸す。



2人の走行音が遠くなると、
暖は私のもとにしゃがみ込んで見上げてきた。



「 ……で、真珠はどこから来た? 」



やわらかく、優しい声。
その瞳は真っ黒だけれど、暖かい色に見える。



「 白雪、財閥…… 」

「 財閥ってことは、使用人とか? 」

「 ……そんなところ、です 」



嘘をついた。
暖は黒い瞳を大きく開いて、口角を上げる。



「 逃げてきたなら、協力するけど 」

「 ううん。もう帰らないと 」

「 わかった 」



暖は頷いて
「 送る 」と呟いた。

バイクに乗せてもらうと、
また低いエンジン音に体が震える。



――帰ったらまた " 白雪 真珠 " に戻る。



下り坂から見える街並みは、
寂しく光っていた。



「 ……まぶしい 」



呟いた独り言が、
またエンジン音に吸い込まれていく。



「 ああ 」



けれど今度は、
暖の声が返ってきた。

素っ気ないけれど、
受け止めてくれるような声。



白雪家の近くでバイクを停めてもらって、
暖にヘルメットとパーカーを返す。



「 またな 」

「 うん、またね 」



きっと訪れることはない " また " 。
暖の後ろ姿に、まぶしい夜に、手を振った。