白雪の姫は夜を仰ぐ

意を決して、ドアを押し込むと、

ママがにこやかに
ソファにかけているのが見えた。

その隣には、お父さまも座っている。



「 真珠。来てくれてありがとう 」

「 真珠、久しぶりだね。会えて嬉しいよ 」

「 私もです。……お父さま 」



ママが空いているソファーに手を添える。
腰を下ろすと、
柔らかく包まれるような座り心地。



「 元気にしているか? 」

「 はい。おかげさまで。
……お父さまも、お元気そうで何よりです 」

「 勉強は進んでいるかな?バイオリンは? 」

「 順調でございます。
今は、ブラームスとカイザーを弾いています 」

「 さすが、真珠だね 」



お父さまは
にこやかに頷いて、ママを見た。
少し背筋を伸ばしたママが口を開く。



「 杉鹿様から頂いた黒豚は召し上がった?」

「 はい。大変おいしかったです。
六花たちがテリーヌにしてくれました 」

「 さすが六花ね 」

「 はい 」



ママは一呼吸置いて、微笑む。



「 ……真珠に、婚約のお話が来ているわ 」

「 婚約、ですか? 」



話の流れから、
おそらくお相手は杉鹿様だ。



昨日のテリーヌを思い浮かべて、

パーティーで会ったことのある杉鹿様の顔を
イメージにゆっくりと重ねる。

背は高かっただろうか。



――「 素敵なお召し物ですね 」

そう言って、やわらかく微笑んでくれた。
上品で、優しそうで、素敵な方だ。



「 ……かしこまりました 」



杉鹿様と、婚約。
ようやく言葉の輪郭が、意味を帯びてくる。



「 すぐにではなくていいのよ。
真珠はまだ17歳だし、
まだお申し出の段階なの 」



ママは空気を静めるような穏やかな声で、
「 それにね 」と加えた。



「 ……決定は、白雪にあるのよ 」



私と結婚をする、ということは、
白雪に婿として入る、という意味だ。



杉鹿家は、
広くのどかな土地をもつお家。

充分に豊かだけれど、
" 今以上 " を求めるなら、

白雪と手を組むのは
理想的な選択なのだろう。



けれど白雪にとっても、
地方の広大な土地はメリットのはず。



会う機会こそ少ないものの、

定期的に贈り物をしてくれている、
信頼できる家。

そんな、杉鹿様からのお申し出なら――



「 婚約、前向きに考えさせてください 」

「 ……そう。分かったわ 」



白雪令嬢としての答えは、ひとつだ。



杉鹿様は、優しい人。
きっと好きになる。



それから少しだけ、
ママとお父さまと話をして、部屋を出る。



待っていてくれた六花に
婚約のことを話すと、

六花は「 おめでとうございます 」と
微笑んでくれた。