海に凪ぐ、君の名前

規則的に秒針が進む音が響く。

カーテンが風に揺らめく。

「…あああ、数学終わりー」

ぐっと背を伸ばすと、それと同時に声がこぼれる。

そして、ため息混じり声がこぼれた。

教材とノートに囲まれた机から立ち上がって、ベットに投げたスマホを手に取る。

適当に指を滑らせて、ある動画で止まる。

(あーバズってんな)

小さな画面には、俺と想良がにこやか笑っていた。

あの撮影から1ヶ月がたった。

もう既に、配信は始まっていて、反響もいいんだとか。

父さんの仕事見学は既に終わっていて、もう学校へ復帰して数週間が経った。

また、前の日常に戻った。
望んでいたものが手に入って嬉しいけど、一つ欠けているものとすれば、彼女の存在だろうか。

あの日、彼女は震えるほど恐れたものに立ち向かった。

そんな強い背中を見せられてから、俺は更に勉強に使う時間を増やした。

だから、堤防には行けていない。

(沖野を背負って、ちゃんとした大人になって彼女を支えるには必要なことなんだ。それなら、俺は我慢できる)

そういえば、復帰初日は大騒ぎだった。

想良と撮影したCMはもうすでに放送が始まっていたから、質問攻めが凄まじかった。特に、女子からの。

その度に陽太が助けてくれたから、何とかなった。

俺個人には他の仕事も何件かオファーが来たらしいけど、全て父さんに頼んで断ってもらった。俺は別に、俳優になりたいわけじゃないから。

広いベッドに身を投げる。

(沖野リゾートにも、想良にも。結果的に上手く転んでよかった)

目を閉じた。

________全部、上手くいってよかった。

「凪希さん」

ノックとともに、ナツさんの声が部屋に響いた。

「はい!」

慌てて起き上がり、扉を開けた。

「凪希さん、智洋様の書斎においで下さい」

「え…父さんが呼んでるんですか?」

「ええ。詳しくは聞いていませんが」

ナツさんはそれだけ言うと、静かに扉を閉めた。

なんだ?また仕事に同行するのか?

いや、それなら、ナツさんを通せば済む話だ。

俺は、またベットに身を投げて、窓の外に目を向けた。夕方の空が、薄い橙色に染まり始めている。

あのCMが放送されてから、周りの空気は少し変わった。

俺自身の生活は変わらないはずなのに、どこか遠くに引っ張られているような感覚がある。

「…父さん、何の話だろ」

小さく呟いて、ベッドから降りた。