海に凪ぐ、君の名前

想良の居ないスタジオは滞ることなく周り続ける。

俺はそれを父の隣で見ていた。

「これやっぱ、やばかったんじゃないっすかね」

スタッフのひとりが言った小さな話し声が耳をさした。

無視しようとしても、体は言うことを聞かない。

「沖野の息子、江ノ島デートのやつにそっくりだよな」
「いや明らかにそうだろ」
「熱愛カップルでCMするのはリスク高いよな。しかも、それが跡取り息子って」

聞こえる。聞きたくなくても、聞こえてしまう。

俯いて、スマホを握ることしか出来ない。

ここで、想良も俺も悪いことをしていないって大きな声で言えたなら。ほんの少しだけ、想良を救えたのに。

「事実無根だ」

低く響く。父さんの声だ。

父さんはネクタイを整えながら低い声で言った。

たった一言。だが、重みは十分だった。

「江の島であった仕事にこいつを同行させていただけだ。そこでたまたま、次の撮影でご一緒する浜田さんにお会いしてな。すこし挨拶をしていたんぁ」

「いや手繋いでたじゃないですか」

スタッフが食い下がる。

「彼女はかなり有名人らしいな。江ノ島のように人の多い場所ではファンに囲まれて困っているところを、こいつが勝手に手を引いて逃がしたんだ」

騒がしいはずのスタジオにやけに響く。

そのスタッフは若手だったのか、騒ぎに気づいた先輩らしき人に腕を引かれた。

「す、すみません! 失礼しました!」

慌てて何度も頭を下げながら、先輩に背中を押されるようにして裏へ連れていかれる。

クライアントの社長にここまで言わせたんだ。それ相応のお叱りは受けるだろう。

「父さん、すみません」

そう小声で言う。声が震える。

父さんは何も言わず、奥の扉へと歩き出した。

「来い」

短い一言で俺の全てを引き締める。黙ってその背中を追うことしかできない。

ドアの閉まる音が、やけに重く聞こえた。