海に凪ぐ、君の名前

「…ん、?」

目を開けると、そこには見飽きたシャンデリアがあった。

少し遅れて、今、自分の部屋のベットに寝ているのだと気づいた。

(朝、家に帰って。嵐と、父さんに、会ってそれで…)

朧気な記憶を無理やり思い出すべく、 重たい体を起こした。

窓から差し込む光は、もう茜色に変わっていた。時計の長針は五を指している。

ふわりとした風でカーテンが揺れる。

めくれたカーテンの奥には、遠くにキラキラと輝く青が見えた。

夕日に反射した、海だ。

幻想的で、映画のワンシーンにでもありそうな風景だ。

でも、この部屋から見ると、何か足りない。

「凪希!」

開けっ放しにしていた扉から、嵐の声が部屋中に響いた。

手には、お茶碗とコップが載せられたお盆をもっている。

俺の、夕飯だろう。

わざわざ、作ってくれたのか。

「心配したのよ!あなた、お義父さんとあって、それで、!」

「ごめん、嵐」

彼女の言葉を遮るように、無機質な声を出した。

あれだけ言い合いしたし、“凪希”らしくない言い方をしてしまったし、今は正直話したくない。

あからさまに、そっぽ向いて、窓の外の海を見た。

「あ…起きてすぐなのに大声出してごめん。今は具合どう?」

「平気だよ。ありがとう」

素っ気ない返事に、嵐は言葉に詰まっているようだ。

嵐の方を見ないようにしていたから、表情は分からないけど、きっと複雑な気持ちが映っているのだろう。

「凪希と久しぶりに言い合いしたね」

冷たいほどに静まり返った部屋に、不自然に響いた。

「小さい頃、1度大きな喧嘩したことがあったでしょう?」

俺は窓の外を見たまま、考えを巡らせた。

目には景色が写っているのに、思い出すことにばかり集中して、まるで何も見えていないように感じる。

小さな頃の大きな喧嘩?

そんなこと、あっただろうか。

記憶の奥を辿ると、曖昧な映像が浮かぶだけで、はっきりとしない。
 
「覚えてる?小学校の帰り、古い堤防で」

ぼんやりとした記憶が、段々と色づいていく。

誰にも言わずに家を飛び出して、嵐が無理やり腕を掴んでそれを止めた。

着いた先は、見覚えのあるあの堤防だ。

忘れたふりをしていた記憶が、海底の砂をかき分けるみたいに浮かび上がる。

確か、小学生のときだった気がする。

「あの日、凪希、すごく怒ってた。いつもみたいに笑って誤魔化さなかった」

嵐は少しだけ困ったように笑った。

その笑顔は、昔と全く同じで変な感じがした。

遠い過去を愛らしく撫でるような目だ。

「っあ…」

思い出した。そして、心の奥で腑に落ちた。

想良といつも会っていたあの古い堤防は、かつて、嵐とよく二人で遊んでいた場所だ。

そして、最後に大きな喧嘩をした場所だ。

だから、あんなに入り組んだ場所にある堤防を、無意識に、見つけることができたのか。

それを、嵐はずっと覚えていたのか。

確かあの日、あの場所で、ひどく言い合いになった気がする。

言い合いというより、俺が一方的に嵐に黒い気持ちを吐き出していたような感じだったけれど。