海に凪ぐ、君の名前

彼女は、詰まりながらの俺の拙い話を、静かに聞いた。たまに相槌を打ったりしながら。

話が終わったあとの彼女は、やけに静かに感じた。

目を向けると、彼女は海と空に浮かぶ火花を見つめ、また缶に口をつけていた。

波の音と花火の音が胸の奥に異常な程に響いている。

真っ黒な海に、真っ暗な空。そして、彼女がいるのにここの静けさ。

いつもと全く違うこの空間が、居心地の悪さと良さを共存させる。

気まずい。

自分のことを熱く語ってしまった後に、なんのリアクションもないと、さすがに恥ずかしくなってくる。

「…俺は、最低なんだとおもう」

しびれを切らして、思わず口をついた言葉に、彼女は目を瞬かせる。

「最低?」

「俺は、自分を認めてくれないやつがいるの家にいるから、自分を好きだって言ってくれる人が他の人のところに行って欲しくないんだよ。だから、嘘の優しい言葉をかけて、笑って、自分のことを好きなままにしておくんだよ。…気持ちに返す気もないのに。心の奥ではそいつらのこと貶してるくせに」

彼女はまつ毛をふさふさと動かしてから、破裂するように笑って首を傾げた。

「君ってほんと真面目」

「はあ?」

「そんなの当たり前のことでしょ。自分のことを好きで居てくれる人、そりゃ離したくないよ」

彼女は真っ直ぐに俺を見つめている。

「君がそれを不誠実だと思うなら、好きだと思った1人に、みんなにあげない分の大好きって気持ちを向ければいいんだよ。それは、最低なんかじゃなくて、とても誠実なことだよ」

その言葉に、胸の奥に積もっていた鉛がふっと軽くなる気がした。

いままで、重荷になっていた何もかもが、一気にストンと落ちていったような感じだ。

なにも知らないこの女のおかげで。

そのギャップに自分自身がついていけない。

ふたりの間に沈黙が流れる。気まずいはずなのに、嫌じゃない。なんだ、これ。

____突然、ドドドンと何発も連続で花火の打ち上がる音がした。思わず、空を見上げる。

海が眩い光に照らされて乱反射を繰り返している。

「うわ!きれい!」

「やっば…」

そこには、辺り一面の火花が咲いていた。

赤、青、黄色。

それ以外の、名前の付いていないような色だって混沌している。でも、調和している。

恐らく、この花火大会のクライマックスだ。

彼女の言った通り、本当に美しい。

夜なのに、黒の世界を昼間みたいに照らした。夜空いっぱいに大輪の花火が咲き誇っている。

彼女は、頬に反射する光を受けながら、瞳を潤ませて呟く。

大きな瞳には、空いっぱいの花火を閉じ込めていた。

口元は緩んで、目にはくしゃりと皺を寄せて、柔らかで、それでいて、きらきらと微笑んでいた。

まるで、花火なんて初めて見たと言わんばかりの表情だ。

(変な、女)

なのに、目が離せない。

「消えちゃうのに、どうしてこんなに綺麗なんだろう」

花火を一身に見つめる彼女を、見つめる。

瞳に映る小さな花火、風が煽る白いスカートも、なにもかもが俺には特別に見えた。

「魔法みたい」

彼女のつぶやく小さなの声が夜風に溶けていく。

(本当に魔法みたいだ)

彼女の着ている真っ白なワンピースに、花火の淡い光が反射して一瞬だけ鮮やかに色づく。

次の花火が夜空を割った。

一瞬の光に浮かび上がった彼女の横顔は、眩しいくらいで。俺は、その顔を見てばかりいる。

どうしてだろう。空いっぱいに咲いて散る花火より、彼女の瞳とワンピースに色づく様子の方が、ずっと鮮やかに思えた。

空のハッキリした線よりも、ゆらゆらと曖昧な海の水面に目を奪われる。

彼女は、空に咲く花火を見るんじゃなく、それを反射する揺れる海を見るみたいで。

「海、綺麗」

無意識に漏れた言葉に彼女は小さく笑う。その笑顔が、胸の奥をふわりと波立たせる。

彼女に、引き込まれる、気がする。

「ねえ」

「ん?」

「もし、私が…」

彼女が何かを言いかける。

その瞬間、今までより1番大きな花が咲いた。それと同時に、空を割るような凄まじい音が鳴る。

はらはらと火の光が空から垂れる。

音は残響となって、余韻を残した。先程まで大きな音が轟いていたのだから、静けさがより際立った。

(今の、最後の1発だったんだ)

気が付かなかった。花火が上がっていた世界から、急に暗闇に包まれる。

「…あ、さっき何か言った?」

急に暗くなったから、彼女の顔が全く見えない。

「ううん」

いつもと同じ声のトーン。なのに、少し寂しい音に聞こえる。

「最後の花火、なんか人間みたいだね」

「今度は何のたとえ?」

きっと、また彼女の『もしもの話』だ。

「ずーっと隣にいると思っている人も、気がついたらもう居ない、みたいな」

ワンピースの裾を掴んで、ひらひらと揺らす。

「花火が咲いて消えてくみたいだよね、人って」

想良は小さくつぶやいた。

俺には、花火は化学反応にしか見えないけれど、彼女の目にはそんな風にうつるのか。

「お前、なんでそんなに例え話が浮かぶの」

頭も視界も彼女でいっぱいで、ただ頭の端で思っていたどうでもいいことが、ぽろりとこぼれ出た。

「うーん、なんでだろ」

彼女は俺のそんな空気の読めない発言を笑い飛ばした。

「言葉も世界もとっても綺麗でしょう?その美しさを、自分の言葉で誰かに伝えたいの」

一瞬、返す言葉を探して口を閉ざした。

心臓が知らない動きをしている。

彼女の笑顔や声や仕草すべてに目を奪われてしまう。

彼女はきっと、心が透明なんだ。

いいなと思ったものをそのままその色に染めるみたいに、何色にでもなれるんだ。

だから、たくさんの思いが生まれて、言葉が思いつくんだ。

「そっか。そうやって思えるの、なんか、いいな」

俺みたいに、単純で簡単な感性じゃない。俺みたいに、この世界の嫌な所ばかりを粗探しするような性格じゃない。

もっと淡くて、澄んでいるんだ。この目の前に広がる海みたいに。

目が慣れてきて、彼女の姿を見つけられる。

その横顔は、不意にこちらを向いた。

目がバチりと合った。胸の奥が、じんわりと暖かくなる。

さっきまで花火がキラキラと反射していた目には、俺が映っている。

この小さな世界に、引き込まれる。歯止めがきかない。先程まで制御できていた思考が思うように動かない。

「何見てるの?」

彼女は笑った。いつも、見ているあの顔だ。

彼女のこの笑顔、なんか、いい。

なんとなく、なんか、いい。

もっと言葉にするのなら、この時間が終わって欲しくない。

ずっと続いて、いっそ、ふたりだけの世界になってしまえばいい。

この、目の前で光るように笑う女の子の隣にずっと座っていたい。

そう思ったら、ふっと笑みがこぼれた。

俺は、「なんか、いい」だなんて嘘で、自分の気持ちをごまかせないみたいだ。

目の前で、無邪気に笑う彼女が、



____好きだ。