兄貴に感謝しなきゃなんない。こんなところに、お金をわたしは使わずに来られるのって、兄貴が柔道で頑張ったおかげ。

「葉子ー。こっちこっち!」
 お父さんが大声で、お母さんの名前を呼んだ。

 お母さんも心なしかウキウキしてるみたい。いつも、「山ほどの洗濯物が」とか、「家族の食事の用意が」とか言って疲れてるのに。

 席についた後、お父さんが、
「葉月おめでとう! でもなあ。みんなそれぞれ、頑張った。葉月を支えた! 伊月も塾、コツコツ続けててえらいぞ。さあ。食事! 制限時間いっぱい使うぞ!」
 と短く言った。
 
 わたしたち家族はお皿を持って、意外にも兄貴がお母さんを支えながら歩き出した。

 わたしはお皿だけは持ってるものの、さて、何か食べたいもの、あるだろうか?

 お父さんに「伊月も頑張ってる」と言われた。
 それが、涙が溢れそうなくらいに嬉しかったんだよ。

 人気のあまりない中庭に出て、ゴシゴシとハンカチで目元をこすってた。

「どしたの? なんで泣いてる?」

 すぐそばで、最近聞き慣れた声が聞こえた時、今日は夢を見てるんじゃないか、と思った。

 速水さんが立ってた。わたしのように片手にお皿を持ってて、紺色の上等な服を着てめかしこんでる。