「あのね、速水さん」
小声で、隣の席の速水さんに言い、机の上に出してある未開封のぶどうジュースを「あげる」と合図した。
速水さんは少し不思議そうな目でわたしを見てたけれど、合図の意味が伝わったのか。
「じゃあ、もらおうかな」と小声で言ってくれた。
ぶどうジュースを、弁天先生に目立たないようにコソコソと畳の上で手渡す。
「今日、暑いよね。若干困ってたんだ。この水筒で家までもたないな、って」
速水さんはそう言って、ぶどうジュースの蓋を開ける。本当に美味しそうに、こくこくと音をさせて、ジュースを飲んでいた。
わたしも自分の買ってたサイダーを急いで飲んだ。
「採点終わりー。朔と璃奈は毎度よくできてる。十問全問正解。満点。伊月、いつも惜しいよね。二問だけ、ここのところ、間違えてるよ!!!」
弁天先生は「わたしが間違えた問題」について、15分くらいかけて、ホワイトボードに書いて、わざわざ解説してくれた。
速水さんも璃奈ちゃんも「学年一位」は伊達じゃない。わたしももっと頑張らないとならない。
いつも、勝負弱いから、小学校卒業と同時に、家業の柔道からも逃げ出した。
「しおかぜ塾」にはこの夏中、ずっと通い続けたいんだよね。せめて、勉強で、「学年一位」をとって、両親に自慢したい。
それって、万年学年一位の速水さんを、その座から蹴落とすことになる。
矛盾なんだけれど、わたしは速水さんには「万年一位」でいてもらいたかった。満月みたいに、空に常にいる人であって欲しかった。
でも、わたしも「一番」をとりたかった。
よく考えたら、本当に、矛盾だらけなんだけど。



