朔。それは、(新月、月が出ていない晩)という意味合いなのだと思う。
 けれど、速水さんを見ててわたしが思い浮かべるのは、真逆のもの、「満月」だ。
 湖面に映る真ん丸い月のような人。

 他人に伝えても伝わるか自信はない。
 わたしには詩や小説を書く才能はないから、この形容だって、人にはよくわからない形容かもしれない。

 ともかく、「しおかぜ塾」の、超難問の数学のプリントをやりながら、わたしはプリントの右端に「丸」を描く。満月のつもりで。

 隣の席の速水さんが、ついさっき、シャープペンを置いてた。ちらりと横目で見ると、なんとも気持ちよさそうに目を閉じてる。窓からの潮風を受けてる感じ、こちらにも伝わる。

 速水さんの隣には行けないわたし。でも、唯一、塾の席だけは隣同士。
 
 カバンの中のスマホが振動してる。今、壁の時計は12時半。兄貴の試合があるくらいの時刻だ。
 勝ったのか、負けたのかを、試合を応援しに行ったお母さんがLINEしてきたのだな、と見当はつくよね。