社員総会から始まる物語-サプライズ企画で出会った彼は、人気スター

 ふたりは、交際を始めてからも、変わらず慎重だった。
 仕事に支障をきたさないように、人目を避けながら、限られた時間を共有する。

 休日の早朝に小さなカフェへ行ったり、夜遅く人気のない川沿いを歩いたり。
 そんなささやかな時間さえ、優香にはかけがえのない宝物だった。

 和希も、忙しいスケジュールの合間を縫っては、優香に会いに来た。

「君といると、自分がちゃんと"人間"に戻れる気がする」

 彼は、そんなふうに言って笑った。

 ――こんなふうに、ずっと続いていけばいいのに。

 優香は、そう願わずにはいられなかった。

  ◇◇

 梅雨明けの爽やかな日曜日。

 和希から、「ちょっと付き合ってほしい場所がある」と誘われた。

 待ち合わせたのは、銀座の小さなアートギャラリーだった。

「実はさ、知り合いから頼まれたんだ。 ……梢さんの旦那さん、新居に飾る絵を探しててさ。
 俺がアート好きなの知ってるから、アドバイスしてほしいって。俺だけじゃ心もとないから、優香にも見てほしい。
 梢さんも、旦那さんの代わりに一緒に選びに来るって話で」

 和希は、少し気恥ずかしそうに笑った。

 優香は、うなずいた。
 和希がアートに詳しいのは、自分自身よく知っている。

 ギャラリーに入ると、すぐに樫原梢が現れた。
 有名女優にふさわしい、明るく、洗練された雰囲気の女性だった。

「今日は本当にすみません、和希さん。助かります」

 梢はにこやかに和希に声をかけ、そして自然な流れで、優香にも軽く会釈をした。

 三人で、いくつかの絵を見て回る。
 梢は、新居の雰囲気や希望するイメージを話し、和希がそれに応じて助言する。

 ――それだけの、何気ない時間。

 しかし、その光景は、遠目には"親密な二人"のように映ったのかもしれない。

 柱の影に、レンズを向けるカメラマンの気配に、優香は一瞬だけ、背筋を冷たくした。

 ――まさか……。

  ◇◇

 翌日、その不安は、現実になった。

 週刊誌の電子版に――
 『人気ユニットAXION・御子柴和希、不倫疑惑か!? 銀座のギャラリーで女優・樫原梢と密会』
 という見出しが踊った。

 社内でも、その記事は一部で話題になった。
 優香の耳にも、いやでも入ってきた。

 ――違う、そんなこと……。

 真実を知っているのは、優香だけだった。
 それでも、世間は事実を曲げて騒ぎ立てる。

 和希からも連絡は来た。
「すぐに梢さんの旦那さんから説明してもらう手配をしてる。大丈夫、だから」

 けれど――

 心に広がる不安は、簡単には消えてくれなかった。

 ――私たちは、やっぱり……住む世界が違うんだ。