社員総会から始まる物語-サプライズ企画で出会った彼は、人気スター

 週末、優香は最寄り駅近くの大型ショッピングモールに立ち寄っていた。
 特にこれといった用事はなかった。
 ただ、ふと気が向いたのだ。こんなふうに、人ごみの中に紛れて歩くと、頭が空っぽになる気がした。

 そのときだった。
 中央広場に設置された特設ステージから、聞き覚えのある音楽が流れてきた。

 ――この曲、AXIONの……?

 思わず足を止めると、そこではAXIONのDVD発売記念イベントが行われていた。
 ステージ上には、AXIONのメンバーたちが立ち、簡単なトークイベントが行われている。
その横ではDVDやグッズの販売もしていた。

 ――すごい偶然……。

 立ち見客の波の後ろから、そっと覗き見る。
 遠目にでも、すぐに和希を見つけることができた。
 黒のパーカーにジーンズというラフな格好でも、ひときわオーラを放っている。

 トークイベントが終わり、メンバーたちが舞台を降りた。
 しばらく、その場を離れていく観客を見送り、動きやすくなるのを待つ。

 人混みに紛れてその場を離れようとしたとき――

「……あれ? この間の」

 後ろから聞こえた声に振り向くと、そこに和希がいた。
 キャップを深くかぶり、サングラスをかけていたが、間違いなく彼だった。

「えっ……」

 驚きで立ち尽くす優香に、和希は人懐っこい笑みを浮かべた。

「こんなところで会うなんて、すげぇ偶然」

「……本当に」

 優香は、小さく笑い返した。
 人目を気にしてか、和希は手早くマスクを着けると、声をひそめた。

「ちょっと、どっか入ろうか。あんまりここで立ってると、目立つから」

 優香は戸惑いながらも頷き、二人はモール内の小さな喫茶店へと入った。

 店内は、ほんのりとコーヒーの香りが漂っていた。
 隅の目立たない席に腰を下ろすと、和希はマスクとサングラスを外し、ふうっと息を吐いた。

「助かった。……本当、偶然だな」

「あの……今日、ここでイベントがあるって知らなくて……」

「俺も、まさか見に来てくれてたとは思わなかったけど」

 からかうように言いながらも、和希の声はどこか嬉しそうだった。

 二人分のコーヒーが運ばれ、ふわりと湯気が立ち上る。

「……ステージでの和希さん、すごく輝いてました」

 優香がぽつりと言うと、和希は照れたように笑った。

「ありがとう。でも、ああいうのって、実はめちゃくちゃ緊張してんだよな。ダンスしてる方が気持ちは楽」

「そうなんですか? 全然そんなふうに見えませんでした」

「だろ? 仕事だからさ。……でも、たまに、わかんなくなるんだ」

 和希は、カップを傾けながら言葉を続けた。

「ステージの上の自分と、普段の自分。
 どっちが本物なんだろうって。……人気が出るって、すげぇ嬉しいけどさ。
 同時に、何かをどんどん失ってる気もする」

 優香は、じっと耳を傾けた。
 和希の声は、どこか寂しげだった。

「本当の自分をちゃんと見てくれる人に、たまには会いたいなって、思うよ」

 ふと、和希の視線が優香をとらえた。

 まるで、一人の理解者を探しているような、そんな真っ直ぐな目だった