社員総会から始まる物語-サプライズ企画で出会った彼は、人気スター

 優香の会社内では、部長と広報による対応により、落ち着きを取り戻しつつあった。

 過剰に構われることも、無視されることもない。
 優香は、持ち前の集中力を取り戻し、総務の日常業務に対応しながら、オフィスレイアウト改善のプロジェクトに取り組んでいた。

   ◇◇

 和希の真剣交際宣言から三日後の夜。
 優香は仕事帰りに、和希のマンションを訪ねていた。

「おかえり」

 ドアを開けた和希が、穏やかな声でそう言った。

 二人で軽い食事をとり、他愛ない話を交わす。
 天気のこと、同僚との会話、最近見た映画。
 騒ぎがあったことなど、まるでなかったかのように。

 けれど、何かが確かに変わっていた。

 優香が、テーブル越しにふとつぶやいた。

「……全部、言ってくれたね。堂々と。あれ、きっとすごく勇気が要ったよね」

 和希は、少し照れたように笑った。

「……まあ、あの社員総会の時は“まだ苦味の似合う大人じゃない”とか言ってたけどさ。
 俺も少しは、分かるようになったかな」

 冗談めかしたその言葉に、優香もくすっと笑う。

「充分、似合ってると思うよ。……今のあなたは。大人じゃなかったのは私の方」

 その笑顔に、和希はそっと手を伸ばした。

 手の甲に触れるだけの、優しい動き。

「もう、誰にも隠さなくていい。俺は君を、守る。……それだけは、信じてて」

 優香は小さくうなずいた。

「信じてる……私も、あなたと一緒にいたい」

 短く交わされた言葉の後、二人の間に沈黙が落ちた。
 
 和希がゆっくりと立ち上がり、優香の手を引いた。
 その手のぬくもりが、静かに胸に広がる。

 ふたりは、言葉のないまま寄り添い、そっと唇を重ねた。

 重なるだけの静かなキス。
 けれど、そのやわらかなぬくもりが、胸の奥を静かに満たしていく。

 ふたりの唇が離れた瞬間、優香の耳元で和希が囁いた。

「……今夜は、帰らないよね」

 低く、かすかに震える声。
 優香は、その響きに背中が少しだけ震えた。

 目を伏せて、頬を赤らめながら、静かに頷く。

 その顔を見て、和希は安心したように微笑んだ。
 そしてまた、そっと優香を抱き寄せる。
 今度のキスは、少しだけ深く、長かった。

 しばらく、ふたりは互いの背中に腕を回して抱き合っていた。
 優香は、体がゆっくりと溶けていくような感覚になった。

   ◇◇

 その夜、優香と和希は、
 忙しい日常も、世の中の騒々しさも、抱えてきた不安も忘れ、ただ、二人だけの世界に身を委ねた。

 優香は、和希の胸に顔を埋めながら思った。

――この人となら、きっと大丈夫。