ベンチに並んで腰掛けた涼介と長谷川。
少し離れた店の前では、美香奈と美咲が服を手にして笑い合っている。
その姿は、遠目でもわかるほどに――
柔らかくて、眩しかった。
まるで、日常の奇跡のようだった。
涼介はふと視線を遠くに移しながら、ぽつりとつぶやいた。
「……正直、こんな日が来るとは思ってなかった」
長谷川は少しだけ表情を動かして、
深く頷いた。
「……はい」
それだけを、静かに返す。
あたりを包む沈黙。
少し風が吹いて、どこかから花の香りが運ばれてくる。
しばらくして、涼介が再び口を開いた。
「たまに思うんだよな……
警察官って、どこかで“虚しさ”に飲まれそうになる」
その声は、感情を抑えようとするように、
淡々と、でもどこかかすれていた。
「理不尽に日常を奪われる人たちに、寄り添いきれない自分に気づいてさ……
検挙して、送致して、それで“事件は終わり”だ。
でも――被害者の人生は、その後も続くんだよ。
しかも、時にはもっと、過酷に」
長谷川は視線を落としたまま、
涼介の言葉を黙って受け止めていた。
「美香奈が、“同じような人を救いたい”って言った時……正直、心がえぐれそうだった。
なんであんな目に遭った人が、まだ誰かを助けようとするんだよって。
……自分が恥ずかしくなった」
重い沈黙のあと、涼介は少しだけ肩をすくめた。
「……事件を解決するのが、警察官の仕事だって。
ずっとそう思ってた」
「……でも」
「事件を“起こさせない”こと。
犯罪の芽を、摘んでいくこと――
そっちの方が、もしかしたらもっと、大事なんじゃないかって。
最近は、そう思うようになった」
その言葉に、長谷川はゆっくりと顔を上げた。
「交番勤務になったとき……
悔しかったよ。ぶっちゃけ」
涼介は口角を上げて、苦笑いをこぼす。
「刑事一本でやってくつもりだったしな。
現場が好きだった。――お前も知ってるだろ?」
「……そうでしたね」
長谷川は、かすかに笑った。
少しだけ苦味の混じった笑みだった。
涼介はベンチの背にもたれ、空を見上げながら続けた。
「でも――
交番で、お前が発狂してた日」
思い出して、ふっと笑いが漏れる。
「……あの日の帰りに、美香奈に言われたんだ。
“市民に寄り添える警察官を、市民は一番求めてる”って」
言葉の重みが、ゆっくりと落ちてくる。
「俺は……不器用で、無愛想で、怖がられてばっかだけどさ」
「でも、お前は違う。
顔も優しいし、ユーモアもある。
市民の一番近くで、安心を届けられるのは――
きっと、お前みたいな警察官なんだよ」
しばらく、沈黙が流れた。
そのあと。
長谷川は、ぎゅっと唇を噛み締めて、
かすれた声を出した。
「……ここって、泣かすとこなんですか……?」
言葉の奥に、震えがあった。
涼介は、ふっと笑った。
「泣いたら女の子たちに見られるぞ」
長谷川が思わず顔を覆うと、
涼介はベンチにもたれたまま、空を仰いだ。
雲の切れ間から、淡く光が差していた。
そのまま、ぽつりと。
「……唯一、交番勤務になって良かったのは――
美香奈に出会わせてくれたことだな」
長谷川は、目尻をぬぐいながら。
その言葉を聞いて――
静かに、深く頷いた。
少し離れた店の前では、美香奈と美咲が服を手にして笑い合っている。
その姿は、遠目でもわかるほどに――
柔らかくて、眩しかった。
まるで、日常の奇跡のようだった。
涼介はふと視線を遠くに移しながら、ぽつりとつぶやいた。
「……正直、こんな日が来るとは思ってなかった」
長谷川は少しだけ表情を動かして、
深く頷いた。
「……はい」
それだけを、静かに返す。
あたりを包む沈黙。
少し風が吹いて、どこかから花の香りが運ばれてくる。
しばらくして、涼介が再び口を開いた。
「たまに思うんだよな……
警察官って、どこかで“虚しさ”に飲まれそうになる」
その声は、感情を抑えようとするように、
淡々と、でもどこかかすれていた。
「理不尽に日常を奪われる人たちに、寄り添いきれない自分に気づいてさ……
検挙して、送致して、それで“事件は終わり”だ。
でも――被害者の人生は、その後も続くんだよ。
しかも、時にはもっと、過酷に」
長谷川は視線を落としたまま、
涼介の言葉を黙って受け止めていた。
「美香奈が、“同じような人を救いたい”って言った時……正直、心がえぐれそうだった。
なんであんな目に遭った人が、まだ誰かを助けようとするんだよって。
……自分が恥ずかしくなった」
重い沈黙のあと、涼介は少しだけ肩をすくめた。
「……事件を解決するのが、警察官の仕事だって。
ずっとそう思ってた」
「……でも」
「事件を“起こさせない”こと。
犯罪の芽を、摘んでいくこと――
そっちの方が、もしかしたらもっと、大事なんじゃないかって。
最近は、そう思うようになった」
その言葉に、長谷川はゆっくりと顔を上げた。
「交番勤務になったとき……
悔しかったよ。ぶっちゃけ」
涼介は口角を上げて、苦笑いをこぼす。
「刑事一本でやってくつもりだったしな。
現場が好きだった。――お前も知ってるだろ?」
「……そうでしたね」
長谷川は、かすかに笑った。
少しだけ苦味の混じった笑みだった。
涼介はベンチの背にもたれ、空を見上げながら続けた。
「でも――
交番で、お前が発狂してた日」
思い出して、ふっと笑いが漏れる。
「……あの日の帰りに、美香奈に言われたんだ。
“市民に寄り添える警察官を、市民は一番求めてる”って」
言葉の重みが、ゆっくりと落ちてくる。
「俺は……不器用で、無愛想で、怖がられてばっかだけどさ」
「でも、お前は違う。
顔も優しいし、ユーモアもある。
市民の一番近くで、安心を届けられるのは――
きっと、お前みたいな警察官なんだよ」
しばらく、沈黙が流れた。
そのあと。
長谷川は、ぎゅっと唇を噛み締めて、
かすれた声を出した。
「……ここって、泣かすとこなんですか……?」
言葉の奥に、震えがあった。
涼介は、ふっと笑った。
「泣いたら女の子たちに見られるぞ」
長谷川が思わず顔を覆うと、
涼介はベンチにもたれたまま、空を仰いだ。
雲の切れ間から、淡く光が差していた。
そのまま、ぽつりと。
「……唯一、交番勤務になって良かったのは――
美香奈に出会わせてくれたことだな」
長谷川は、目尻をぬぐいながら。
その言葉を聞いて――
静かに、深く頷いた。



