舞花はマグにカフェラテを注いで庭に出た。
外はよく晴れていて、日差しがまぶしすぎず、風もやわらかい。
午後3時すぎ。
ベンチの影が少しずつのびていくのを眺めながら、舞花は静かに腰を下ろした。
──庭の空気は、なんとなくちょっとだけ、やわらかい。
昨日の“かばい事件”が尾を引いてるような、そうでもないような。
舞花はマグを両手で包みながら、ふとつぶやいた。
「……名前、聞いとくんだったなぁ」
一応“椎名さん”とは聞いたけど、フルネームも年齢も立場も、何ひとつ知らない。
──あれだけトゲあるやり取りしてきて、なんか、今さら聞きづらい。
「“大丈夫ですか!?”的な反応ないんですか!?」とか言ってたくせに、
こっちは名前も知らないって、なんか敗北感ある。
(ていうか、“椎名”って名前だけで、ちょっとドキドキするのやめたい)
仕方なく、そっと使用人さんに聞いてみる作戦に出たけど、
「さあ、私たちも名簿見てるだけなので……高橋さん経由の方ですよね?」
──撃沈。
(うわ、なんか探ってるみたいじゃん……自分……)
ひとり芝居に突入しかけたそのとき。
向こうの花壇でしゃがみ込んでいた“椎名さん”が、ふと立ち上がった。
軽く汗を拭いながら、近くにあったジョウロを手に取る。
何気ない動作なのに、目がそっちに吸い寄せられてしまう自分がいる。
「あの……」
思わず声が出る。
「……花、元気ですよね。昨日、剪定してもらったあたり」
「はい。風通し、よくなりましたから」
「ですよね……。あ、私、その花……あの、名前、知らないんですけど……」
「アナベルです」
「えっ」
「アジサイの一種です」
「あっ、そっちの花の話……」
完全に“あなたのお名前は?”の空気だったのに、華麗にスルーされた。
「……この人、名前を避ける天才かもしれない」
心の中でそっとツッコミを入れつつ、
ふと、彼の手元を見ると、白い小さな花の茎をそっと直していた。
(……なんであんな無愛想なのに、そういうとこ丁寧なの)
聞けなかった名前と、ちょっとだけ深くなった視線。
またひとつ、気になることが増えた気がした。
外はよく晴れていて、日差しがまぶしすぎず、風もやわらかい。
午後3時すぎ。
ベンチの影が少しずつのびていくのを眺めながら、舞花は静かに腰を下ろした。
──庭の空気は、なんとなくちょっとだけ、やわらかい。
昨日の“かばい事件”が尾を引いてるような、そうでもないような。
舞花はマグを両手で包みながら、ふとつぶやいた。
「……名前、聞いとくんだったなぁ」
一応“椎名さん”とは聞いたけど、フルネームも年齢も立場も、何ひとつ知らない。
──あれだけトゲあるやり取りしてきて、なんか、今さら聞きづらい。
「“大丈夫ですか!?”的な反応ないんですか!?」とか言ってたくせに、
こっちは名前も知らないって、なんか敗北感ある。
(ていうか、“椎名”って名前だけで、ちょっとドキドキするのやめたい)
仕方なく、そっと使用人さんに聞いてみる作戦に出たけど、
「さあ、私たちも名簿見てるだけなので……高橋さん経由の方ですよね?」
──撃沈。
(うわ、なんか探ってるみたいじゃん……自分……)
ひとり芝居に突入しかけたそのとき。
向こうの花壇でしゃがみ込んでいた“椎名さん”が、ふと立ち上がった。
軽く汗を拭いながら、近くにあったジョウロを手に取る。
何気ない動作なのに、目がそっちに吸い寄せられてしまう自分がいる。
「あの……」
思わず声が出る。
「……花、元気ですよね。昨日、剪定してもらったあたり」
「はい。風通し、よくなりましたから」
「ですよね……。あ、私、その花……あの、名前、知らないんですけど……」
「アナベルです」
「えっ」
「アジサイの一種です」
「あっ、そっちの花の話……」
完全に“あなたのお名前は?”の空気だったのに、華麗にスルーされた。
「……この人、名前を避ける天才かもしれない」
心の中でそっとツッコミを入れつつ、
ふと、彼の手元を見ると、白い小さな花の茎をそっと直していた。
(……なんであんな無愛想なのに、そういうとこ丁寧なの)
聞けなかった名前と、ちょっとだけ深くなった視線。
またひとつ、気になることが増えた気がした。

