「施工エリア、椎名悠人さん、搬入終わりましたー！」
　
スタッフの声に、小さく「ありがとうございます」と頭を下げる。
周囲には、緻密に計算された造形や、豪華な植栽が並ぶ。
プロ中のプロが本気で魅せにきている世界。
　
──悠人は、そのど真ん中に立っていた。
　
脚立の上で見下ろすと、
少しずつ形になってきた自分の“庭”が見える。
無駄を削いで、ただ、風と花と光だけでつくる静かな庭。
　
それが彼の──答えだった。
　
誰にも媚びない。
でも、誰かの心をそっと揺らせるような──
あの、有栖川家の庭みたいな。
　
（あの庭で、毎日見ていた）
（風の通り道も、舞花さんが歩くルートも、日差しの角度も）
　
自分の手で、心を込めて。
彼女が立っていた、あの場所の空気を再現した。
それは、無意識に動いていた指先が選んだ“形”だった。
　
「……想いなんて、伝えるもんじゃない」
　
「伝わるように、咲かせるんだ」
　
花の配置を微調整しながら、
土に触れる手が、ほんの少し震えていた。
緊張じゃない。
これは、祈りだった。
　
（誰にも負けたくない）
（でも一番は、舞花さんに……胸を張って、また会いたい）
　
ただそれだけで、
ここまで来る理由になった。
　
最終チェックの声が響く中、
最後に植えたのは、小さなアナベル。
あの庭に咲いていた、
彼女が「名前知らないんです」と言っていた白い花。
　
（この花だけは、気づいてくれるといい）
　
すべてを終えたとき、
悠人は大きく深呼吸して空を見上げた。
空は、あの庭にいた日と同じように、澄んでいた。
　
「よし」
　
もう迷いはない。
勝ちたい。ただ、それだけだ。
　
──今度こそ、手で想いを語るために。