「おい椎名、おまえ出るのか? あのコンクール」

「……まだ、決めてません」
 
社内の掲示板に貼り出されたのは、
“ガーデンアワード2025”の出場募集要項だった。
 
主催は──有栖川緑地文化振興財団。
 
──有栖川。
その名字を見たとき、胸が少しだけざわついた。
 
(……舞花さんの家)
 
由緒ある庭文化の保存と次世代育成を目的に、
年に一度だけ開催される、国内最大級の庭師コンテスト。
参加者はプロばかり。
優勝すれば、一流の証として名が知られる。
そして、選考委員長には──
 
「……有栖川 義明(よしあき)」

そう。
舞花の父だった。
 
(俺が──本気で、あの人の娘と向き合うなら)
(“庭師”としても、胸を張れるようにならなきゃ意味がない)
 
「椎名、おまえ去年の施工写真、残ってたろ? 出してみな」
「……はい」
 
同僚の手が背中をポンと押す。

「こういうときに出ないと、何のためにやってきたかわかんねーぞ。
“悔しさ”って、一番の燃料だしな」
 
悔しい──
確かにそうだった。
でも今の自分は、ただ悔しさだけじゃない。
 
(もう一度、あの庭に立ちたい)
(……あの人の隣に)
 
その気持ちが、確かに自分を動かしていた。
 
パソコンの前に座り、
撮りためていた施工データをひとつひとつ選びながら──
目の奥が熱くなる。
 
手が覚えてる。
あの庭の、光と風の流れ。
舞花の声。
静かな笑い声。
 
全部が、背中を押してくれる。
 
「出場、申請します」
 
その言葉に、社内の先輩たちが目を丸くした。

「おまえ……本気なんだな」
 
「はい。……本気です」
 
もう“身分”とか“立場”とか、
そんな言い訳で引き下がらない。
 
今度は、堂々と。
この手で未来をつかみにいく。
 
あの庭に、もう一度立つために──
悠人の挑戦が、始まった。