「は〜〜〜……何あの人、無理すぎるんだけど」

部屋に戻るなり、マグカップをテーブルに置いてため息三連発。

紅茶はぬるくなってて、気分もまるで整っていない。
せっかくの“癒しタイム”を返してくれ。

庭に出たら、心が安らぐどころかイライラ持ち帰ってきたんですけど。
しかも、顔がよかったのが腹立つ。

余計に腹立つ。ああいうタイプ、なんか許せない。

「感じ悪いイケメンは最悪って、誰か論文書いて……」

ぶつぶつ言いながらスマホを開くと、ちょうど美羽からのメッセージ。

ねえ、そろそろ恋とかしてる?
舞花のハート、化石になってない?🦴

「……なりかけてたかも。イライラという名の熱で」
 
***
 
次の日の午後。
懲りずに庭へ出たのは、紅茶じゃなくてカフェラテの気分だったから。

──決して、“あの人がまた来てるかも”なんて、
思ってたわけじゃない。たぶん。いや、ちょっとは。

「……いますね、やっぱり」

木陰のあたりに、昨日と同じ後ろ姿。

無駄のない動きで剪定バサミを使っている。なんかもう、悔しいくらい職人。

(気にしない、気にしない……気に……してる?)

視線を逸らしながら、別のベンチに座ろうとしたそのとき。

「──その場所、虫が多いんでやめたほうがいいですよ」

「……は?」

思わず振り返る。

「風通し悪くて、虫が集まりやすいです」

「いや、それ先に言ってくださいよ……!」

もう座りかけてたのに。というか、なんでわたしの行動読まれてる?

「……じゃあ、どこなら座っていいですか?」

「ベンチじゃなくてもいいんじゃないですか?」

「え、じゃあ何? 芝生に寝転べと?」

「……まあ、それでも」

くっ……!その顔、いちいち冷静でムカつく!

でも芝生で寝転ぶ自分を想像して笑ってしまう。

「……なんか、トゲありますよね。雑草よりある気がする」

「雑草は抜きますから」

「じゃあ私も抜かれます?」

「それは……」

ふと、悠人の手が止まる。
少しだけ視線が動いて、目が合った。
数秒の間。

……え、笑った?

目の端だけ、ちょっとだけ。

いや、気のせいかもしれないけど。でも──

「……今、笑いました?」

「……別に」

「え、いやいや、確実に今、笑いそうになってましたよね!?」

「……なってません。」

なってたよね、絶対。
 
***
 
部屋に戻ってからも、その“ちょっと笑ったかも”な顔が脳内リピート。
いや、別に好きとかじゃないし、なんでもないけど、でも。

「なんか……気になるじゃん、あれは」

雑草よりトゲあったくせに。

ほんの少しでも笑ってくれると、
こっちまでちょっと、嬉しいとか……
……やめて。そういうの、
じわじわ来るからやめて。


──でも、その“じわじわ”が始まってしまったのだった。