美羽と会って帰宅すると、
風はやさしく、芝の先に陽が滲んでいた。
作業を終えた悠人の背中が、ベンチの向こうに見える。
(……今日も来てるんだ)
そう思っただけで、ほんのり心が浮く。
雨の日の傘の記憶も、美羽の「好き認定」も、頭の中にちゃんと残っている。
でもそれを、悟られたくはない。
「椎名さ──」
名前を呼ぼうとした瞬間。
「……舞花さん」
静かに、でも確かな声で、彼が言った。
(──舞花さん)
その呼び方に、心臓が跳ねる。
初めて、名前で呼ばれた。
お嬢様でも、有栖川さんでもなくて。
「……いま、名前……」
そう言いかけたとき、
悠人はふと目をそらして、小さく息を吐いた。
そして、
「もうすぐ日が落ちますね」
と、いつも通りの調子で言った。
(……そっか、私が意識しすぎてるだけか)
ふっと力が抜けて、舞花は微笑む。
「じゃあ、そろそろ戻りますね。夜風、冷えてきたし」
くるりと体を反転しかけた、その時だった。
「……待ってください」
背後から伸びてきた手が、舞花の手を掴んだ。
やさしく、でも、しっかりと。
一瞬、息が止まる。
振り返ると、
悠人の視線が真っ直ぐ、自分に向いていた。
「……どうしたの、椎名さ──」
「……行かないでください。もう少しだけ、一緒にいたいです」
まっすぐすぎて、返す言葉が出てこなかった。
なにかにつまづいたわけでも、手を引こうとしたわけでもない。
ただ──
彼の意志で、私の手が掴まれた。
「……あの、椎名さん……」
「悠人でいいです」
その言葉に、また心臓が跳ねた。
(これ、絶対に……)
言い訳なんてできない。
これが“好き”じゃなかったら、なんなんだろうってくらい。
さっきまで“気づかれたくない”って思ってたのに、
今は、もう全部バレていいと思ってた。
でも──
このあとの和室での出来事が、
その気持ちごと、ゆらりと揺らしていくなんて。
今はまだ、知る由もなかった。
風はやさしく、芝の先に陽が滲んでいた。
作業を終えた悠人の背中が、ベンチの向こうに見える。
(……今日も来てるんだ)
そう思っただけで、ほんのり心が浮く。
雨の日の傘の記憶も、美羽の「好き認定」も、頭の中にちゃんと残っている。
でもそれを、悟られたくはない。
「椎名さ──」
名前を呼ぼうとした瞬間。
「……舞花さん」
静かに、でも確かな声で、彼が言った。
(──舞花さん)
その呼び方に、心臓が跳ねる。
初めて、名前で呼ばれた。
お嬢様でも、有栖川さんでもなくて。
「……いま、名前……」
そう言いかけたとき、
悠人はふと目をそらして、小さく息を吐いた。
そして、
「もうすぐ日が落ちますね」
と、いつも通りの調子で言った。
(……そっか、私が意識しすぎてるだけか)
ふっと力が抜けて、舞花は微笑む。
「じゃあ、そろそろ戻りますね。夜風、冷えてきたし」
くるりと体を反転しかけた、その時だった。
「……待ってください」
背後から伸びてきた手が、舞花の手を掴んだ。
やさしく、でも、しっかりと。
一瞬、息が止まる。
振り返ると、
悠人の視線が真っ直ぐ、自分に向いていた。
「……どうしたの、椎名さ──」
「……行かないでください。もう少しだけ、一緒にいたいです」
まっすぐすぎて、返す言葉が出てこなかった。
なにかにつまづいたわけでも、手を引こうとしたわけでもない。
ただ──
彼の意志で、私の手が掴まれた。
「……あの、椎名さん……」
「悠人でいいです」
その言葉に、また心臓が跳ねた。
(これ、絶対に……)
言い訳なんてできない。
これが“好き”じゃなかったら、なんなんだろうってくらい。
さっきまで“気づかれたくない”って思ってたのに、
今は、もう全部バレていいと思ってた。
でも──
このあとの和室での出来事が、
その気持ちごと、ゆらりと揺らしていくなんて。
今はまだ、知る由もなかった。

