日曜日のカフェの片隅。
ラテ片手に、舞花は少しだけ目線を泳がせた。

「……別に、たいしたことじゃないんだけど」

「はい出た、“たいしたことない風のたいしたことある話”」

正面から目を見開いて待ち構えるのは、美羽。
大学時代からの友人で、ツッコミのレベルが年々プロ並みになってきている。

「……昨日、椎名さんが来てて」

「来てた!? 雨なのに!? てか濡れてた!?」

「うん……びっしょり。傘もささずに、庭で作業してて」

「え、なにそれ映画?『雨の庭と作業服とあなた』的な?」

「いやそんな邦題の洋画みたいなタイトル……」

舞花が笑いかけたその時、美羽が身を乗り出す。

「で? で? 心臓は? 鼓動は? 湿度と恋心、どっちが高かった?」

「……えっと、たぶん……恋心?」

「出たーーーッ!それもう!好きやん!!」

「ちょっ、声大きいってば!」

「いや大きく言うわ!もう完全に恋してる女の顔しとるやん!なにそれ、髪の毛もしっとりしてるし!!」

「それは湿気……」

「黙れ湿気!恋の湿度に溺れてろ!!」

笑いながら、舞花はゆっくりカップを口元に運ぶ。
なのに、あの瞬間のことがふとよみがえる。

──「でも……来てほしいって思ってたなら、ちょっと、うれしいです」

(……あんなこと言われたら、好きにならない方が無理あるでしょ)

「……椎名さんって、不器用で優しくて、でも言葉はまっすぐで……ずるいくらい、ちょっとの優しさが刺さるんだよね」

そうつぶやいた舞花に、美羽が静かに口角を上げた。

「それ、“好き”って言葉をまだ言ってないだけで、ほぼ告白じゃん」

「……うん、たぶん、そうかも」

「ふーん。じゃあ、認定していい?」

「認定?」

「好き、決定。おめでとうございます〜〜〜!」

ドリンクのストローをカチカチ鳴らしながら、
美羽はドヤ顔で言った。

「好きって、自分で思った時じゃなくて、“隠しきれなくなった時”が本番だからな?」

「……なにそれ、名言っぽいけど……だいぶ恥ずかしいよ」

「椎名さんの前でもう一回言ってやるからな?」

「やめてぇえええ!!」

顔を覆って笑う舞花の胸の中は、
不思議と、ふわっとあたたかかった。

もう否定しない。

これは恋だ。きっと。
まだ「好き」って言ってないだけで、
わたしは、もうちゃんと、椎名さんが好きだ。