スマホが震える。
画面には、美羽からの着信。

「……もしもし?」

『舞花、どうしたの? 声、めちゃくちゃ元気ないけど』

「……別に、なんでもないけど」

『あ、それ完全に“なんでもある”やつね。話してみて?誰?椎名さんでしょ』

「ほんとに鋭いよね……でも、うん。そう。笑ってた。しかも、帽子、直してた」

『は!?それ優しすぎない!?っていうか、それ、舞花がされたいことランキング上位じゃなかった!?』

「……だよね。私、あんな顔されたことないのに」

『え、待って、それ、“私には見せたことない優しさ”ってやつじゃん。
しかもそれを目撃するって、恋愛的にはなかなかのダメージイベントだよ……』

「……なんであんなに自然に笑ってたんだろ。
私が話しかけるときなんて、たいてい無表情で“虫が飛びますよ”って言われるのに」

『それ、前にも言ってたね。虫はもはや椎名さんの決まり文句かも』

「うん、テンプレ。たぶんあと2回くらい聞いたら“敵キャラのセリフ”として記憶に刷り込まれる」

『でもちょっと元気出てきたじゃん(笑)』

「……ちょっとだけね」

笑ったような声が出たけど、胸の奥はまだザラついていた。
 
『で、今の気持ち、ちゃんと自覚してみよっか?』

「……なに、心理カウンセラーなの?」

『違うけど、恋愛に関しては結構当てるよ?自称・港区女子の恋バナ請負人なんで』
「やめてその自称。ダサいし怪しいし」

『いいから、正直に言ってみて。今、どんな気持ち?』
 
舞花は少し間を置いて、深く息を吐いた。

「……私が今してるの、もしかして、“ヤキモチ”?」
 
『はい正解〜〜〜!拍手ー!!』

スマホの向こうで、美羽が本気で拍手している音が聞こえる。

『っていうか、今まで気づいてなかったの?他人だったらとっくに“それ恋ですよ”って断言してるレベルだよ?』

「……でも、私だけに優しいって思ってたのに」

『それが違ったかもって思って、ショックだったんだよね?』

「……うん。自分でも勝手だなって思うけど」
 
“私だけに見せてくれてる”って思い込んでた。
それが、思ったよりも大きな勘違いだったかもしれない。

「違ったのかも、って思った瞬間……自分でもびっくりするくらい、苦しくて」

『それが、“本気で好き”ってことだよ。ごまかしが効かなくなるやつ』
 
美羽の声は、優しくて真っすぐだった。
 
『舞花、今の気持ちって、寂しいとか、悔しいとか、ちょっと惨めとか、いろいろ混ざってると思う。
でも、全部ひっくるめて“恋してる”ってことなの。間違いなくね』
 
「……なんか、泣きそう」

『泣いていいよ。泣いたあとでチョコ食べて、アイスも食べて、
そしたら明日には“椎名さんの背中がちょっと好き”くらいまで戻ってるから』

「なんなのその雑な回復プラン……」

『でも効くって。特にチョコは即効性あるから』
 
くすっと笑った。ほんの少しだけ、心がほどけていく気がした。
 
『でね、舞花。
もし次にまた椎名さんが“虫が飛びますよ”って言ってきたら、こう返すんだよ』

「……なにそれ」

『“飛ぶのは虫だけじゃないんで”って』
 
「……私の気持ちもちょっと飛んでるよ、ってこと?」
『それそれ!よく分かったね!?』

「いや、自分で言ってて恥ずかしいけど……」

『でもそういうのが大事なの。恋って、ちょっとバカになるくらいがちょうどいいんだから』
 
スマホ越しの美羽の声が、
優しくてあったかくて、また少し、涙がこみあげそうになった。
 
──やっぱり、私は今、本気で恋をしてるんだ。
それが、たまらなく切なくて、
でも、もう戻れないって、ちゃんとわかってた。