朝、目が覚めても、昨日のことがまだ胸に残っていた。
指が、ふと重なった感触。
目が合った時の静かな鼓動。
(……ばかみたい)と自分を叱っても、顔の熱は冷めないままだった。
夕方になって、庭に出る。
ほんのり涼しい風が、頬にやさしく触れた。
──昨日の偶然が、ずっと頭に残ってる。
コンビニで会った、作業服じゃない椎名さん。
少し髪が乱れてて、白Tシャツで、
それなのにちゃんと背筋がまっすぐで。
(ずるい。ずるすぎる……)
気づけば、心臓がほんの少し速くなる。
「……こんにちは」
低くて落ち着いた声に、びくっと肩が反応した。
振り向くと、庭の奥の木陰に、
作業服姿の悠人が立っていた。
帽子のつばの下から覗いた視線と目が合って、
思わず視線をそらしてしまう。
「……あっ、こんにちは」
舞花はぎこちなく頭を下げながら、
頬がほんのり熱を帯びていくのを感じた。
(やば、いるって思ってなかった──いや、思ってたけど!!)
「今日、風が気持ちいいですね」
作業に戻りながら、悠人が空をちらりと見上げてつぶやく。
その横顔に、舞花は少しだけ目を留めた。
「……ですね」
小さく頷きながら、照れくさそうに笑みをこぼす舞花。
沈黙が落ちる。
でもその沈黙が、なんだか重たくもあり、甘くもある。
「……昨日は、びっくりしました」
舞花がふと口にした言葉に、悠人が帽子のつばを指先で少し触れながら応じた。
「こちらこそ」
「ていうか、作業服じゃないと、別人みたいですね」
そう言って、舞花は小さく笑ったが、
すぐに「しまった」と言わんばかりに視線を落とす。
悠人は一拍置いて、少しだけ口元を緩めた。
「それ、良い意味ですか?」
「……悪くはない、です」
舞花が少し早口でそう言うと、
ふたりの笑いが、一拍ずれて重なった。
ぎこちない。
でも、心のどこかで温度が上がっているのがわかる。
「……これ、昨日のお礼です」
悠人がそう言って、小さな紙袋を差し出した。
「え?」
舞花が目を瞬かせながら受け取ると、
中には、ひとつのプリン。
「プリン……?」
袋の中を覗きこんだままつぶやく舞花に、
悠人が目線をそらしながら言葉を続けた。
「俺の分も買ってたので、ついでに。メーカー違いますけど」
「……そんな、気を遣わなくても」
舞花がそう返すと、悠人は少しだけ目を伏せながら静かに笑う。
「いえ。なんとなく、買っておきたかっただけです」
その“なんとなく”が、
あまりにも自然でやさしくて。
(……ずるい。やっぱり、ずるい)
風が、ふっと吹いた。
思わずスカートの裾を押さえた舞花の身体が、
ほんの少し、悠人の方へ近づく。
思わず顔を上げると、
すぐ目の前に悠人がいた。
視線をそらそうとしたけれど、
そのタイミングが、ほんの一瞬、ずれてしまう。
(……目、合わせたら、バレそう)
──この人のこと、
好きなんだって。
もう、ちゃんと好きなんだって。
「……ありがとうございます。プリン、大事に食べます」
頬を少し赤らめながら、舞花がぎこちなく笑う。
悠人は小さく頷いて、
「溶けないうちに、どうぞ」と短く返す。
ふたりで、ふっと笑った。
けどその笑いの奥には、
もう“前と同じ”ではいられない気持ちが、
静かに、確かに、揺れていた。
指が、ふと重なった感触。
目が合った時の静かな鼓動。
(……ばかみたい)と自分を叱っても、顔の熱は冷めないままだった。
夕方になって、庭に出る。
ほんのり涼しい風が、頬にやさしく触れた。
──昨日の偶然が、ずっと頭に残ってる。
コンビニで会った、作業服じゃない椎名さん。
少し髪が乱れてて、白Tシャツで、
それなのにちゃんと背筋がまっすぐで。
(ずるい。ずるすぎる……)
気づけば、心臓がほんの少し速くなる。
「……こんにちは」
低くて落ち着いた声に、びくっと肩が反応した。
振り向くと、庭の奥の木陰に、
作業服姿の悠人が立っていた。
帽子のつばの下から覗いた視線と目が合って、
思わず視線をそらしてしまう。
「……あっ、こんにちは」
舞花はぎこちなく頭を下げながら、
頬がほんのり熱を帯びていくのを感じた。
(やば、いるって思ってなかった──いや、思ってたけど!!)
「今日、風が気持ちいいですね」
作業に戻りながら、悠人が空をちらりと見上げてつぶやく。
その横顔に、舞花は少しだけ目を留めた。
「……ですね」
小さく頷きながら、照れくさそうに笑みをこぼす舞花。
沈黙が落ちる。
でもその沈黙が、なんだか重たくもあり、甘くもある。
「……昨日は、びっくりしました」
舞花がふと口にした言葉に、悠人が帽子のつばを指先で少し触れながら応じた。
「こちらこそ」
「ていうか、作業服じゃないと、別人みたいですね」
そう言って、舞花は小さく笑ったが、
すぐに「しまった」と言わんばかりに視線を落とす。
悠人は一拍置いて、少しだけ口元を緩めた。
「それ、良い意味ですか?」
「……悪くはない、です」
舞花が少し早口でそう言うと、
ふたりの笑いが、一拍ずれて重なった。
ぎこちない。
でも、心のどこかで温度が上がっているのがわかる。
「……これ、昨日のお礼です」
悠人がそう言って、小さな紙袋を差し出した。
「え?」
舞花が目を瞬かせながら受け取ると、
中には、ひとつのプリン。
「プリン……?」
袋の中を覗きこんだままつぶやく舞花に、
悠人が目線をそらしながら言葉を続けた。
「俺の分も買ってたので、ついでに。メーカー違いますけど」
「……そんな、気を遣わなくても」
舞花がそう返すと、悠人は少しだけ目を伏せながら静かに笑う。
「いえ。なんとなく、買っておきたかっただけです」
その“なんとなく”が、
あまりにも自然でやさしくて。
(……ずるい。やっぱり、ずるい)
風が、ふっと吹いた。
思わずスカートの裾を押さえた舞花の身体が、
ほんの少し、悠人の方へ近づく。
思わず顔を上げると、
すぐ目の前に悠人がいた。
視線をそらそうとしたけれど、
そのタイミングが、ほんの一瞬、ずれてしまう。
(……目、合わせたら、バレそう)
──この人のこと、
好きなんだって。
もう、ちゃんと好きなんだって。
「……ありがとうございます。プリン、大事に食べます」
頬を少し赤らめながら、舞花がぎこちなく笑う。
悠人は小さく頷いて、
「溶けないうちに、どうぞ」と短く返す。
ふたりで、ふっと笑った。
けどその笑いの奥には、
もう“前と同じ”ではいられない気持ちが、
静かに、確かに、揺れていた。

