舞花は美羽と、オフィス近くの小さなワインバルにいた。
平日の夕方にしては空いていて、カウンター席でグラスを傾けながら、
美羽がいつものように、にやにやとした目を向けてきた。

「……で、最近どうなのよ?例の“庭師くん”」

舞花の顔を両手で掴んで、グイグイと近づけてきた。

「どうしたの?顔赤いけど、なんかあった?
まさか、あの人と進展あったとか?!」

「え、ちょっと、何言ってんの?」

「なんで隠すのよ!?絶対、やってんじゃん!
あの庭師さんと!一緒に土を掘って~とかさ!」

舞花は美羽の突っ込みに恥ずかしさで顔を覆った。

「ちょ、待って!何もないから!!」

「絶対そうだ、私のカンが当たった!
じゃあどんな感じ? ちゃんと手とか繋いでる?」

「手とか!繋がってません!!」

その言葉に、美羽は大げさに落ち込んだ。

「えー!もう!それ、あんたがどんだけ引き寄せたとしても、
庭師さんが奥手すぎるだけでしょ?」

「奥手って言うか、別に進展してないし!」

「……え?進展してない?でも舞花、だいぶ顔が赤くない?」

「それ、なんか別の理由だから!」

思わずキュッと顔を引き寄せられてしまった舞花は、
もはや美羽には何も隠せない気がしてきた。

「ああ、もう!とりあえず、ちょっとだけ教えて!」

「……いや、だから、私だってまだ分からないのよ!」

「分かんない?ってどういうこと?」

舞花はしばらく黙って考え込んだあと、

「えっと……なんていうか」と言葉を選んだ。

「彼、なんかすごく優しいんだよね」

「それだけ!?それだけで思い詰めてんの!?」

「違うの!本当に、他にもいっぱいあって、
優しさもそうだし、ちょっと意地悪なとこも、なんか……ドキドキする」

「えっ、好きってことじゃん!」

「いや、でも、それだけじゃないって思うし」

「いや、めっちゃ好きだと思う!」

「いや、でも、だって彼、すごく冷静だし、
すぐに冷めそうな気もするし……」

美羽は小さく笑いながら、舞花の肩をポンポンと叩いた。

「舞花、絶対好きだよ。庭師でしょ?」

「……え?」

「だって、庭師だもん。庭師と付き合ってるとか、最高じゃん!
めっちゃロマンチック!」

舞花は少し顔を赤くして、

「違うってば!」と必死で言った。

「もう、私が言いたいこと、全部わかったでしょ?
まじで庭師ってすごいんだから!
私だって一度、庭師に恋してみたい!」

「ちょっと、急にどうしたの?」

「いや、だって!どんなにカッコよくても、きっと
ああいう素朴な感じの男の人って、本気だよ!」

舞花は顔を伏せて、小さく笑った。

「本気…」

「だから、もしもだよ?もしも、あんたが“好きだ”って
思ったら、早く言いなさい!」

舞花は一瞬ドキリとした。

「言うって……何を?」

「“好きだ”って言ったら、きっと彼もちゃんと答えるから!」

美羽は笑顔で拳を突き上げ、ウインクした。
舞花は、ただ黙ってうつむきながら考えた。
(そうだよね。ちゃんと言わなきゃ伝わらない)

でも──

言ってしまったら、
今までの私とどう変わるのか。
どうしても、そこが怖くて踏み出せない。
 
「……じゃあ、これからの目標決めよっか」

「え?」

「私たち、恋愛話とかしようよ!
毎週、どんな進展があったか報告し合うの!
今週は庭師さんと何かした?みたいな感じで!」

舞花は小さく笑いながら、「いや、何もしてないし」と答えると、美羽はまた満面の笑みを浮かべた。

「だって、庭師さんに恋してるんだもん!絶対にいいことあるって!」

舞花の胸の中で、ちょっとだけドキッとする感覚があった。
それでも、まだ踏み出せない。
けど、少しだけ……少しだけでも、確かに心の中で、
「もしも」って思う瞬間が増えてきていた。